2008年7月19日 (土)

りういち君よりお知らせ

コミックマーケット74に参加されるTRPGサークルリストが完成したそうです。
サークルチェックにご活用くださいとのことです。

C74m

で、携帯をお持ちの皆様へのお願いなのですが、今回初めて携帯版リストも作ってみました。
一応docomoの規格で作ってありますが、当方の携帯がauで、しかもQRコードに対応していないので、このQRコードが正常に作動するかどうかの確認が取れないのです。
(一応、auの2007年モデルなんですけどね…韓国製だけど)
特にdocomoやsoftbankの皆様、動作確認ができましたら、コメントにご報告ください。
よろしくお願い申し上げます。

追記:弟のau(win)では読み取れました。

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コミケ特設ページ解説

コミックマーケット74に向けての特設ページを開設しました。
今回も新刊を用意してお待ちしております。

で、アレはもう少し待って下さい。
渋谷のアニメイトにカタログを買いにいってからなので、夕方ぐらいには…

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2008年7月15日 (火)

TRPGと創造性

前回のエントリーで、ある同人作家の方から「印刷所に対してそれはないんじゃないか」というご意見を頂きましたので、エントリーを修正いたしました。
不快に思われた方には深くお詫び申し上げます。
実は、その印刷所が実質3日で新刊を完成させてきまして、いったいどういう仕事をしたのかと、早さと凄さに驚いております。
入稿したときには「納期2週間」と言われていたものですから。
印刷所には感謝感激であります。

さて。
D&Dプレイヤーズハンドブック3.5版の「はじめに」は、以下の言葉で結ばれています。
「D&Dは想像力のゲームであると同時に、コミュニケーションのゲームでもある。だからクリエイティブに、大胆に、キャラクターに忠実にーーそして何より、楽しくプレイしよう。」
今回は「クリエイティブ」という点、つまりTRPGの「創造性」について考えてみます。

まず、TRPGにおいて何を「創造するのか」を分けてみます。

*システムを創造する
*シナリオを制作する
*キャラクターを作成する
*ストーリーを創造する
*ロールプレイを創造する

最初の「システム」を創造する作業は、ゲームデザインと言う作業です。システムのコンセプトデザインから、ルールのデザイン、ディベロップメント、背景世界のデザインなどがこれに当たります。プロのデザイナーはもちろん、アマチュアのデザイナーも多く、オリジナルシステムや同人作品として遊ばれます。

次に「シナリオを制作する」という作業は、ゲームマスターにとって最大の制作作業です。
1から作る場合でも、市販のシナリオソースを使ったり、シナリオ制作キットを使う場合でも、シナリオを作り上げたという達成感と、このシナリオを使ってプレイヤーを楽しませようという使命や期待を持つ事ができます。

プレイヤーに取って一番重要なのは「キャラクターを制作する」という事です。
ゲームによっては、「キャラクターの創造」と言っている場合もあります。
キャラクターを作成する作業には、かなり多くのルールやデータが用意されているシステムもあり、自分の望むようにキャラクターを創造する事ができます。
また、とっさの時のために「テンプレート」や「クイックスタート」と言った作成済みのキャラクターを使用する事もありますが、これもそのまま使用するという事は少なく、プレイヤーサイドで何らかの追加や修正が入る事がほとんどで、ささやかな創造と言えるでしょう。

「ストーリーを創造する」ことは、ゲームマスターがあらかじめシナリオで設定したストーリーである場合や、アドリブで出たもの、あるいはプレイヤーと共同で作り出したストーリーである事もあります。
ここで創造されたストーリーは、ゲームマスターが創造したものならシナリオを進める要素となりますし、共同で作り出したものであれば、創造したシナリオとは違ってしまう事もありますが、より密接にプレイヤーとのゲームの楽しみが進む要因になります。

最後に、「ロールプレイの創造」があります。ロールプレイこそがRPGの肝であると同時に、物語を大きく左右する要素であると言えましょう。
プレイヤーがキャラクターをロールプレイするのと同様に、ゲームマスターもノンプレイヤーキャラクターをロールプレイする必要があります。
それは、ただ単に「打てば響く」というものではなく、ボールの打ち返し、緩急や強弱、とっさの柔軟性などを含む、とても多彩な要素を含む創造の作業なのです。
ロールプレイを創造しなければシナリオに彩りを添える事はできませんし、単にサイコロの振り合いと結果の適用だけになってしまいます。
TRPGのプレイで、結果的にもっとも多く創造しているのが、このロールプレイなのです。

皆様はこれらの「創造」を楽しまれているでしょうか?
単調な「作業」の繰り返しが苦痛になっているのなら、その苦痛の部分を取り除いて、改めて創造に取り組んでみると良いと思います。

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2008年7月 5日 (土)

新刊入稿完了

本日、印刷所に新刊の原稿を持参し、入稿手続きが完了いたしました。
これで、コミケ当日に搬入されるはずです。
詳細はもうしばらくお待ちください。

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2008年7月 3日 (木)

パーティーの存在価値

お久しぶりです。
この1ヶ月、主に原稿を書いておりました。
今度の土曜に入稿という運びでして、少し時間に余裕ができます。
今月中には冬の本に取りかからなければ行けないのですが。

よくTRPGは「パーティープレイだ」と言われます。
でも、主役はキャラクターです。
では、「パーティー」の機能や価値はどうなのか、考えてみた事はあるでしょうか?
ぶっちゃけて言えば、背中から攻撃されないためにパーティーを組むという考えもありますが、他にも、「シナリオの目的を達成する」という共通認識を持っている集団と考える事もできます。
パーティーになったからと行って、みんながバラバラに戦っていたのでは、ただ集まっただけになってしまいます。
キャラクターの得手不得手をみんなで認識して、互いに長所を発揮できるように動けば、パーティーという小規模集団の威力も強化されるというものでしょう。
ただパーティーを組むだけではなく、誰か一人がリーダーとなって指揮する事で、これは実現できます。(誰が指揮するのか、を考えるのも面白いでしょう)
古いアニメで申し訳ありませんが、「新機動戦記ガンダムW」では、5体のガンダムが敵MSの集団に対してバラバラに戦っていた事から、ガンダムサンドロックのパイロットがゼロシステムで指揮と統率の能力を身につけた事により、ガンダムチームが見違えるように効率的に戦えるようになった、というエピソードがあります。

さて、多くのTRPGシステムでは「キャラクターがパーティーのために動く」事を主眼としていますが、逆に「パーティーがキャラクターのために動く」事をルール化したシステムもあります。
「無限のファンタジア」では、パーティーを支援するための「旅団システム」があります。
これは、パーティーの方向性をルールで規定したもので、その方向性に沿ったプレイがあると経験点が入りやすくなるというモノですが、ここで特筆すべきは「旅団アビリティ」で、これはキャラクター個人のアビリティとは別に、パーティーの誰もが使えるアビリティをあらかじめ決めておくというものです。
似たようなシステムが、文庫ファンタジーRPGの「ギルドスキル」にもあるらしいです。
いざとなったらみんなの力を使う、というのが、パーティーの力を体現していると思います。

あなたのキャラクターがいるパーティーは、どんな力を持っている(あるいは隠している)でしょうか?
ゲームマスターにも、「パーティーの力」を発揮できるシーンを期待したいところです。

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2008年6月 6日 (金)

コミックマーケット74当選

ご無沙汰しております。
コミックマーケット74にサークル参加が確定しました。
場所は8/16土曜日 東6ホール モ04bであります。
7月の入稿に向けて、現在新刊の制作が進んでおります。
詳細はもうしばらくお待ちください。

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2008年5月 3日 (土)

硬直化する世界

ゲームマーケット2008にて、2つお隣のクトゥルフサークルの方と色々話をすることができました。
その中で、深淵第2版の話になり、色々と興味深いことを聞くことができました。
深淵は事故率の高いシステムだ、とか、あのデザイナーの関わるゲームは当たり外れが激しすぎる、とか・・・
その中で、深淵の「渦型」のシナリオについて、あれは今のゲームになれているマスターはうまく回せなくて、事故る確率が高いんじゃないのか?という話が出ました。
彼は今人気のゲームのマスタリング方法、たとえばレゲネイドアクションRPGアニメ化されたRPGのように、「ハンドアウト」や「今回予告」「シーン制」など、マスタリングの方法が色々と規定されているシステムに慣れてしまうと、渦型のようなアドリブや柔軟な応用が求められるマスタリングはできないのではないか?と話していました。

深淵のシナリオには、プロットやストーリーをきっちりと作り込む(普通のRPGシナリオのような)「構造型」と、キャラクターが選んだ運命や縁故によってその場で話を作って行く「渦型」があります。
第1版では構造型が推奨されていましたが、第2版では渦型が推奨されている(ようなニュアンス)があります。
第2版ルールブックに載っているシナリオが2本とも渦型なのです。

TRPGのシステムは、デザイナーの設計思想により、色々な範囲の、色々な深度のルールが用意されます。
例えば、D&D3.5は、ルールの骨格はd20だけで、ロールプレイに関するルールが少なく、キャラクターのクラスの特徴を使うことで役割を果たすという方針でデザインされています。
ダンジョンマスター用ルールはダンジョンマスターズガイドにあれだけの量がありますが、マスタリングを支援するためのルールが多勢を占め、マスターを縛るルールがほとんどないため、シナリオ作成の自由度が高いのが特徴です。
一方、FEARがデザインした最近(1998年〜)のゲームの特徴は、「マスターの準備」「プレイヤーの登場の仕方」「マスタリングの進め方」「戦闘の手順」「シナリオの終わらせ方」「経験点の計算の手順」などなどをルールでこと細かく規定しています。
このため、ゲームマスターは(シナリオを作る必要はありますが)手順を追って行けばほぼ間違いなくマスタリングできるようになっていますし、プレイヤーも手順を追って行けばシーンに登場し、戦闘でコンボを発揮して強く戦うことができるようになっています。

最初はD&Dの方法に代表される、ルールの自由度の高いマスタリングが一般的となっていました。
しかし、マスターやプレイヤーの中には、ルールの自由度が高すぎたり、解釈の広さが逆に仇となり、「ルールをどう読めばいいのか分からない」「どこから手を付けたらいいのか分からない」「どうマスタリングすればいいのか分からない」という人たちも生み出してしまいました。

これを受けて、FEARの作り出したルール手法は、手順や方法がかっちりしたルールでなければ何をしたらいいのか分からない、いわゆる「マニュアル世代」に、分かりやすく、かつ(デザイナーが考案した)最大の効果(効率?)を引き出せるように、プレイングやマスタリングの方法を規定するものでした。
手順(ルール)に沿えば誰でも最大限楽しめる、ということを売りにしたのです。
現状の結果はご承知の通りで、FEARのルール手法は多くの人に受け入れられ、一大勢力となっています。

一つの物事に対する手順を細かく規定するということは、一見面倒くさいように見えます。
いや、実際に面倒くさいのです。
しかし、こと細かく規定されてデザインされたルールは、システム全体を堅牢化し、ルールから大きく外れない限りは、「セッション崩壊」などは起きないように設計されています。
ゲームマスターもシナリオを構造的に構築し、実際のゲームでもほとんどアドリブを入れずに、手順通りにマスタリングしていきます。
つまり、ルールに沿っていれば誰でも楽しめる、というのが設計の根幹です。
(これは品質管理の国際基準であるISO9001:2000の方法論に似たものがあります。
ISOでは品質を維持するため、あらゆる作業を手順化し、作業手順書を作成していつでも見られるようにする必要があります。)

書いてあるルールに手順通りに従えば楽しめるという、FEARが提案したシステム構造は、多くのプレイヤーとゲームマスターに受け入れられて現在に至ります。
しかし、ご存知の通り、TRPGのプレイングは時として「ルールにない状況」「シナリオにない状況」を、意図を問わず作り出すことがあります。
これは、どれだけルールを作り込んでも、どれだけシナリオを作り込んでも、発生してしまうものです。
そういう状況になったときに、ゲームマスターやプレイヤーは、柔軟に対応することができるでしょうか?
堅牢であるが故に、硬直したプレイスタイルに慣れてしまったプレイヤーは、予定されていなかったシーンでうまく立ち回れなかったり、あらかじめプログラムしたコンボ以外の行動をとれなくなってしまうかもしれません。
ルールで規定された方法のマスタリング以外に、状況を処理できなくなるゲームマスターが出てきてしまうかもしれません。
ゲームマスター、プレイヤーとも、規定されたルールの手順を追っていれば、ルールがゲームの進行を保証してくれますが、もしも手順から外れてしまったら?
どのような手順で元に戻せばいいのか?
それとも、手順から外れたままで終わらせるしかないのか?
FEARが提案した「手順に沿えば誰でも最大限楽しめる」システムのもう一つの側面がここにあります。ルールから外れてしまった場合に対する対応法が規定されていないのです。
(これに対して、FEARは「ゴールデンルール」でゲームマスターの権限を規定し、万が一ルールから外れてしまった場合はやり直さなくてよい、と書いています。)

話を戻して、深淵の「渦型シナリオ」です。
渦型シナリオでは、ゲームマスター、プレイヤーともに、高いアドリブの力と応用力が求められます。
ルールはありますが、厳密な手順は規定されていません。
突然夢歩きしたり、突然アクション・シーンに突入してしまうこともあります。
そうなったとき、「手順に沿えば誰でも最大限楽しめる」ゲームでしか遊んだことがないプレイヤーは、その「突然の状況」を受け入れることができるでしょうか?
深淵のプレイングはもともと事故率が高いと言われていますが、実際に事故やセッション崩壊に直面したとき、プレイヤーは受け入れてくれるでしょうか?
自由すぎて、自分で決着を付けられないプレイヤーも出てきやしないでしょうか?

堅牢化と代償に硬直化したシステムに慣れると、柔軟さを失ってしまいます。
私は、プレイヤーにも、ゲームマスターにも、柔軟さは失って欲しくないと思います。
そのためには、一つのシステムだけではなく、いろんな構造のゲームシステムを遊ぶのがいいでしょう。
何も最初から深淵を遊べとは言いません。
もっと自由度の高い、柔軟なシステムもいっぱいあります。
堅牢な遊び方で安定したゲームを遊ぶのも、安定を求めるプレイヤーにはいいことです。
ですが、柔軟さと応用力をふんだんに生かした、ヴァリエーションに富んだゲームを遊ぶのもまた楽しいものです。
プレイスタイルとマスタリングの柔軟な姿勢が、また新しいクリエイティブなパワーを生み出しているのだと、私は思います。

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2008年4月20日 (日)

キャラクターシート

TRPGのキャラクターシートというのは、ゲームシステムとプレイヤーを間接的に結びつける存在として重要だと思うのです。
ほとんどのルールブックにはキャラクターシートが付属していますが、中には付属しないものもありまして、例えばキャッスル・ファルケンシュタインでは劇的登場人物の情報は「手記」としてレポート用紙に書くように指示されていますし、バイオレンスの場合はカバーを取ると裏表紙に「印刷されています」と説明されていたりします(白紙ですが…)
しかし、付属している場合でも、例えば文庫ルールブックに付属している場合は拡大コピーしなきゃいけないとか、2分割されていて貼り合わせてからコピーしろとか書いてあってナメとんのかコラと思うものも中にはあるんですが、出版社も親切になったのか、pdfでキャラクターシートを公開するようになって来ているのでそんなに不便でもなくなって来た感じがします(が、肝心のルールブックに公式サイトの存在すら書いてない場合があるので要注意です。●●●ー●●●●とか)。

今のゲームのようにDTPもありませんから、昔のゲームはキャラクターシートも簡素で、いろんなところに空白があったり、ユーザーが手を入れられるところがいっぱいありました。
そこで、今で言うクラシックD&Dやソードワールド1.0が全盛の時代は、ちょっとパソコンやワープロが使える人なら、自分で使いやすいようにキャラクターシートを自作して、サークルやコンベンションでみんなに配布したり、同人誌即売会で売っていたりもしていました。
そういったクリエイティブな側面があった訳です。
今のキャラクターシートは、キャラクターの情報量が以前とは比べ物にならないくらい多いこともあって、何やら詰め込み過ぎだというようなものもない訳ではないですね。
B4やA3の紙に色々詰め込まなきゃいけないのは分かるんですが、オフィシャルのキャラクターシートが使いづらいと遊ぶ気もなくなってしまいますよね。
幸いにして、自分はそんなゲームを見たことはありませんが、たまーにヒットポイントを記入する欄がないキャラクターシートがあったり(例:ウォーハンマーRPG)、デザインには凝ってるけど重要な情報が見にくかったり、あとはムックサイズのルールブックだと見開きが開けづらくてコピーするときに困るもの(例:深淵第2版)などなど、もうちょっとルールブックにおけるキャラクターシートの立場を考えてもいいんじゃないかな?と思うことがあります。

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2008年4月 6日 (日)

月曜日は魔法使い

Photo
HJ文庫G「月曜日は魔法使い」を購入。
5章あたりまで読んだ。

この本は、たまたまWizards of the Coastで働くことになった女性が、たまたまD&Dで遊ぶことになってしまったことの経緯を、ユーモアとウィットをふんだんに効かせながら綴っている。
ダンジョンマスターもプレイヤーも全員女性。
(ついでに、本書の翻訳者も女性)
文庫サイズの、しかもライトノベル系としては珍しい横書きで、しかも全ページ2色刷り。
内容的には、昔日本でよくあった「入門者向けの紹介」というものではなく、D&Dを知って、キャラクターを作って、実際に遊ぶようになるまでを時系列的に書き進めている。
アメリカには"Dungeons&Dragons for Dummies"という、本当にD&Dの入門書もあるので、それとは別の方向でのアプローチと見ることが出来る。
ただし、アメリカの事情によって書かれているので、日本の読者には分かりづらいことも多いので、本文の下にはかなりの量の訳注が入っている。
内容は基本的に女性向けなので、化粧品とかファッションとか「プロテクション・フロム・PMS」とか、女性にありがちな事象を多く取り上げているのが印象的。
しかし、アメリカでも、D&Dプレイヤーに対する偏見は強いんだなぁと思った。
(D&Dはnerdとかgeekが遊ぶものでしょ?というイメージが強いらしいcrying

ただ、「月曜日は魔法使い」というタイトルはちょっと違うんじゃないのか?
原題はConfessions of a Part-time Sorceress、直訳すると「パートタイム・ソーサレスの告白」ですからねぇ。
分かりやすさを取ったんだろうけど。
それから、55ページの「1982年ふうパーティ」の表、本文に書いてない「チェンジリング」「シフター」って種族はエベロンの種族だって訳注が必要じゃないのか?
あと、D&Dを広めたいんなら、ビギナーズ・セットの広告を帯の裏なんかじゃなくて、巻末1ページにドーンと載せるくらいしましょうよ?

なんか結構売れてるみたいだし、文庫なので平均以上の書店で入手できる。
(一説には、「日本で一番安いD&Dサプリメントだ」という声も・・・)
男女問わず、これからD&Dを始めてみたい、という方にはおすすめの一冊。
(もちろん、そのときにはビギナーズ・セットも薦めましょう!)

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2008年3月27日 (木)

一言だけ

使命が終わることの意味 ~TRPG人気サイクルから見るTRPG市場~

>『戦国霊異伝』は発売元がイエローサブマリン内ブランド、キラメキだっただけに流通経路が限られており十分に購買層を拡大できないまま絶版になりました。だからブランドは残っており、やがて復刊.comにて復刊され、さらに『幕末霊異伝MI・BU・RO』とさらなる展開をすることができました。

事実誤認があるようなので申し上げますと、「有限会社キラメキ」はイエローサブマリン内部のブランドではありません。
『戦国霊異伝』初版はキラメキから直接出版されております。
イエローサブマリンの内部ブランド「マジカルミステリーツアー」から発売されたのは、キラメキ制作の『アコースティックリ−フ』であります。
ちなみに『幕末霊異伝MI・BU・RO』をディベロップしたのは「番長学園!!」のTEAS事務所です。

とはいえ、興味深い記事ではあります。
いつかお返ししましょう。

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2008年3月23日 (日)

TRPGと空間

最近硬いエントリーばかりだったので、今日は柔らかめのものを。

TRPGを遊ぶための「空間」について考えたことはあるでしょうか?
この「空間」は、おおよその場合、ゲームを遊ぶ「場所」と同一に考えられます。
例えば、誰かの家の部屋。
公民館の部屋。
コンベンション会場。
テーブルとベンチのある公園などなど。
D&Dプレイヤーズハンドブック3.5版の「はじめに」にはこう書いてあります。


「さあ、ゲームをプレイしようーー場所は、みんなが居心地良く過ごせて、バトル・グリッドとミニチュアを置け、ダイスをロールでき、ルールブックやキャラクター・シートを広げられるところならどこでもいい。」

TRPGは会話するゲームなので、テーブルの周りは出来るだけ静かな方がいいでしょう。
ただ、あまりに静かなのが嫌だという人もいるので、カジュアルプレイでは耳障りにならない程度にインストゥルメンタルを流すこともあるみたいです。
テーブルの大きさ、部屋の大きさ、ゲームマスターの声色と声の大きさなどで、遊ぶ条件は色々と変わってきますよね。
例えば、男性GMの大きな声よりも、女性GMのか細い声の方が、プレイヤーは必死に聞き取ろうとします。
(これは科学的に解明されています。アメリカ海軍の戦闘機では、機体の警告アナウンスの音声を男性から女性の声に変更したところ、パイロットの反応速度が上昇したという記録があります。)

お家で遊ぶ場合はともかく、コンベンションのような大きくて、人がたくさんいるところだとどうでしょうか。
会場の広さ、音の響き具合や、ほかのテーブルとの感覚なども大きな要素になってきます。
隣のテーブルの声が大きいと結構大変なんです。
コンベンションによっては、事前にGM登録を受け付けているところでは、ゲームの種類やGMの傾向によってテーブルを配置したりもしています。
極端なものでは、某18禁RPGのGMのために、わざわざテーブルを壁で仕切っていたりもしていたりして。
コンベンションの常連GMがいて、傾向が分かっている場合は、周囲のテーブルに迷惑にならないように配置されることもあるので、これはStuffの腕の見せ所でしょうか。

もう一つ、「パーソナルスペース」という考え方があります。
これは人間一人ひとりが持っている「自分だけの空間」のことで、他人に入り込まれると不快に感じる距離とでも言いましょうか。
このパーソナルスペースの多きさは人それぞれで、男性よりは女性のほうが、前よりは後ろの方がスペースが大きいと言われています。
例えば、ロングシートの電車の席の端っこに座りたい人というのは、片側だけでも自分のパーソナルスペースを確保したいという行動の現れと言えます。
デューク東郷が「俺の後ろに立つな」と言っているのにはちゃんと理由があったんですね。
TRPGの場合、多くて最大6人くらいのプレイヤー、例えば長い机に椅子3つという座り方をする場合もありますので、この場合、特に中央のプレイヤーさんがパーソナルスペースを挟まれるということになります。
これが気の知れたキャンペーン仲間であれば問題にならないかもですが、見知らぬ人と顔を合わせるコンベンションの場合、どんな人なのか分からないので、パーソナルスペースを制御することが困難になって、結果動くに動けなかったり、萎縮してしまったり、特に両側を男性に挟まれた女性の場合は声すら出せなくなってしまうこともあります。
こういうときは、女性が右か左に移動したり、スペースに余裕がある場合は左右の席を空けてもらったり、GMの対面の席に座るなどで解決できることがあります。

誰もが気持ち良く遊べる「空間」を考えてみるのも、TRPGの環境改善のひとつと思うのですがいかがでしょうか。

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2008年3月16日 (日)

入門者への扉

当ブログには、ありがたくもコメントを付けてくださる方がいる。
当方の方針として、むやみに削除したり干渉するのは公平でないと思うので、よほどのものでない限りは自由にコメントできる仕様としている(SPAM対策チェックは入れてますが)。
さて今回は、前々回のエントリーにあったコメントについて、気になったところがあったのでお返事しようと思う。


>現在のルールブックが果たして「入門書」が必要なほど難解かどうかを考えたことはないのだろうか?
入門書がないのではなく、ルールブックを読めば十分理解できて必要が無い、ということを考えたこともないのだろうか?

私は、たとえ難解であろうとなかろうと、入門書は必要であると考える。
難解であるならば平易な、平易ならばより平易な入門書が必要なのだ。
約15年前、TRPGの「ブーム」が過熱した際、数多くのTRPG入門書が発売されていた。
これは当時のルールブックが難解だったからではない。
「TRPG」というシステム構造、遊び方、そして用語などなどを覚えるのに必要だったからである。
そして、これらは今現在でも、なお入門者への障壁として存在し続けている。
「ルールブックを読めば十分理解できて必要が無い」というのは、既にTRPGを分かっている側の驕りであり傲慢でしかない。
少なくとも、ルールブックを読むための国語力や、理解するための事前準備は整えてしかるべきである。
現在のTRPG界は、前者はともかく、後者を置き去りにしている印象が否めない。
振り返ってみてほしい。
あなたがTRPGを遊び始めたとき、何らかの形で入門書に目を通さなかっただろうか?
いきなりルールブックを読んで遊び方を覚えられたのならそれはすばらしいことだが、難解で閉鎖的なルールブックを、そうスラスラと読み通せる人は、昔はそう多くなかったし、現在でも少なくない。
自分も深淵第1版のルールブックを通して読むのに数日かかったし、重要なところはラインマーカーを引いていた覚えがある。
とにかく、ルールブックを読むため(理解するため)の事前知識が、TRPGには数多く必要なのは現在でも変わらない。
その事前準備を整えずに、いきなりルールブックやリプレイで、入門者に強飯を食わせるのが現在のTRPG界なのである。


>それから、ルールブックにちりばめられたコラムやルール説明用のリプレイが入門書のような役割を果たすと思うのだが。

そのコラムは本当に入門者用のコラムだろうか?
リプレイは本当にルールの説明を果たしているだろうか?
ルールブック収録のリプレイは、遊び方の指針にはなっているが、ルールの説明になっていなかったり、下手をすると入門者向けになっていないものすらある(例:深淵第2版)。
特に、「TRPGとは何か」という根本的な説明は、ルールブックによって記載量に大きな違いがある。
TRPGの基礎概念を丹念に紹介しているルールブックもあれば、本当に簡単にしか紹介していないものもある。
特にFEARのルールブック(●●●●●●●●ー●●●●など)は、あらかじめリプレイを読んでいる人を前提にルールブックが書かれているため、TRPGについての説明は申し訳程度にしかない。
それどころか、FEARのルールブックは人に読んでもらうための努力を放棄してしまっているため、「ソーソワールドは読めても●●●●●は読めない」というプレイヤーも確実に存在する。
脱線してしまったので元に戻すが、コラムやリプレイでチョロまかすよりは、しっかりとイロハを教えてくれる入門書が必要だということである。

はたして、そんな需要があるのか?と思われるだろう。
では、D&Dのベーシック・セットやビギナーズ・セットが売れているのはなぜか?
GAME JAPAN誌にTRPGの入門記事が連載されているのはなぜか?
Role&Rollで時折入門者向けの特集が組まれ続けているのはなぜか?
いずれも、新しいプレイヤーが増えてほしいという思いの現れである。
しかし、まだまだTRPG入門者への「壁」は高く、業界は確実に収益をもたらす市場へ向いている。
かつてのように、入門者への「扉」(ポータル)を開かなければ、この世界は閉塞に向かってしまうだろう。
その鍵は、今の私たちが握っているのだから。

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2008年3月 5日 (水)

訃報続報

CNNの訃報

CBSの訃報

CNET Japanの訃報

4Gamerの訃報

CNNとCBSはD16様より。

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ゲイリー・ガイギャックス氏逝去

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いまmixiを見てたらとんでもないニュースが。
オリジナルのD&DデザイナーであるE.ゲイリー・ガイギャックス氏が亡くなったとのことです。
D&Dでこの世界に足を踏み入れたものとしては残念以外の何者でもありません。
当サークルとしても氏の「ロールプレイング・ゲームの達人」をネタにしたことがありますので、非常に尊敬しておりました。
偉大なイモータルになった先生に最敬礼。
合掌。

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2008年3月 2日 (日)

方向性の違い

前回のエントリーで、「TRPGは盛り返してきている」と書いた。
繰り返すが、底を打っていた1995〜1998年頃と比較すると、新作や関連商品は毎月のように発売され、TRPGを取り扱っている月刊誌も2つあり、プレイ環境は整備されて続けてきたものを使い続けている。
しかし、その前の(1990〜1994頃)過熱ぶりを知っている人から見ると、「また一過性のものなのではないか」と言われたり、「言うほどプレイヤーが増えてないじゃないか」と言う人もいる。
実はその認識は正しい。
なぜなら、16年前の過熱ぶりと、現在の盛り返しでは、そもそも方向性が異なるからである。

16年前の「TRPGブーム」は、簡単に言えば「金になりそうだからやってみよう」というメーカーが多く、システムの出来は玉石混淆で、傑作もあればどうしようもない駄作もあった。
それでも、角川とか角川(富士見)とか角川(メディアワークス)が自社作品のメディアミックス戦略の一環として、人気作品のプッシュをこれでもかと行っていたので、この時期からTRPGに手を染めたという人はとても多かった。
その尻馬に乗ったそれに追従する形で大小問わず、多くの企業がいろんなRPGシステムを出したので、当時のプレイヤーは非常に選択肢が多かったのだ。
(が、ソードワールドが以上に人気があったので、当時のコンベンションではソードワールドだけを遊びたいプレイヤーがあちこちで増殖し、ソードワールドのマスターが出来ないGMにお帰り頂いたこともあった)
また、TRPGの入門書、ゲームマスターの入門書、様々な副読本や関連書籍などが豊富に売られていたので、それらを読んで楽しみを広げることも出来た。
言わば、「TRPGの市場を拡大するためのブーム」だったと。

対して現在はどうか。
簡単に言えば「現存の市場の維持」のために盛り返している、と言えるのではないか?
「冬の時代」を生き残って来たプレイヤーは、10年経ってタフになった。
「冬の時代」に直面したメーカーは、生き残ったり淘汰されたりして、無秩序な市場の拡大を反省した。
「冬の時代」以降にTRPGに足を踏み入れた新しいプレイヤーは、新たな資金源である。
「質より量」の時代ではなくなった。
現在のTRPGの市場を維持するために、新しいプレイヤーよりも今いるプレイヤーをなんとかして維持しようとして営業活動を行っているように見える。
穿った見方をすれば、今のお客様から金を搾り取れるように、深く、濃い内容のものを集中的に投入しているのである。
目の肥えたゲーマーからフォアグラでも採るつもりなんだろうか?

その証拠に、今TRPGの「入門書」はあるだろうか?
あるのはリプレイばかりである。
しかも、そのリプレイは「入門用」だろうか?
リプレイを先行して発売し、収穫層を確保した上でシステムを発売する。
基本ルールブックは文庫なのに、上級ルールブックはサイズが違い、しかも高価。
でも、プレイヤーはみんな「上級」を求めるから、いやでもそれを買わなければならない。
新規参入者への高い障壁を放置し、その障壁を乗り越えたプレイヤーを囲い込む。
13年前に多くのTRPGプレイヤーが望んだ「結果」がここにある。

あなたは、この「現状」に満足しているだろうか?

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2008年2月23日 (土)

D&D隆盛の背景を考える

xenothの日記:TRPGは絶滅したか?

16年ほど前のTRPG界の過熱を知っている人は、時として「TRPGは衰退した」という人がいる。
しかし、本当に辛かった1995年から1998年あたりを「底」として考えれば、現在の状態は(16年前ほどではないが)かなり盛り返しているのではないか、と思える。
考えてもみて下さい。
TRPGを扱っている月刊誌が2つもあって、毎月新作なり関連商品が発売されていて、毎週のようにどこかでコンベンションがあって、プレイ環境は有志の手によって整備されている。
これは恵まれている状態ではないだろうか?

出版不況と言われる中、毎月毎月サプリメントをこれでもかこれでもかと出しているシステムがある。
あのD&Dである。
ホビージャパンが3.0を出す、と聞いた時は、誰も今のような状態を想像できなかっただろう。
だが、HJは最初こそもたついたものの、特に3.5が出る前後(もっと厳密に書けばフォーゴトン・レルムやエベロンが出たことで)勢いがつき、毎月サプリメントやらシナリオやらの関連商品が出るという、ファンにとってはうれしい悲鳴が続いている。
例えば、去年1年だけでも、これだけのD&D関連商品が出ているという事を調べたところがあるのでご紹介。

でみのげーむ:RPGの興隆の根拠

なぜこれだけ関連商品が出ているのかというと、ホビージャパンの輸入ゲーム事業課が本気になって展開しているのと、それに応える形で熱心なユーザーが商品を買い続けるという、需要と供給のビジネスモデルが成立しているからである。
事実、D&Dの基本ルールブックはもちろん、サプリメントも売れ続けていて、「不浄なる暗黒の書」「戦士大全」のように再版がかかったものもある。
(「次元界の書」や「サイオニクスハンドブック3.5」のように売れなかったものもたまにはあるが…)
しかし、ご承知のように、日本のD&D関連商品は基本的に高価である。
英語版のプレイヤーズ・ハンドブック3.5版はUS$29.95だが、日本語版は6090円。
しかもマスターするためには他にダンジョンマスターズ・ガイドとモンスター・マニュアルもいる(それぞれ6930円)。
基本ルールブック3冊だけで19950円!
深淵第二版のルールブック4冊買ってお釣りが来る値段である。
サプリメントも、安いものでは2000円台からあるが、一番多いのは6090円、中にはルールブックよりも高い7980円のものだってある。
(ちなみに一番高価なのはコロッサル・レッドドラゴンの10500円)
はっきり言って、これは学生のお小遣いで買えるという代物ではない。
特に、文庫ルールブックやムックサイズの3000〜4000円台のルールブックを中心に買っている人には、基本ルールブックだけで2万円近いというのはかなりの難物といえるだろう。
もちろん、基本ルールブックを始めサプリメントのほとんどが全ページフルカラー印刷であること、国内で印刷されていること、翻訳の手間がかかっていることなどを考えれば、内容的には十分満足の行く値段なのであるが、絶対価格として高価である。
しかも、D&D関連商品は書籍流通ながらも買いきり商品であるため、店側も売れなかったからといって返本することが出来ない。
したがって、多くの書店ではよほどのことがない限り、客の注文を受けてから発注せざるを得ない(キャンセルできないことを考えるとそれも難しいのかもしれないが)。
しかし、D&D関連商品は売れ続けている。

では、高価なD&Dを買い支えているユーザーとは、どんな人たちなのだろうか?
D&D3rdを英語版から遊んでいたヘビーユーザーは、基本ルールブックを何冊も持っていることも珍しくないと聞く。
英語版3.0が2冊、英語版3.5が1冊、日本語版3.0と3.5が1冊づつ…というように。
1997年にTSRがWizards of the Coastに買収され、メディアワークスとのD&Dの契約が解除されたとき、日本のD&Dプレイヤー達は路頭に迷ってしまった。
あるプレイヤーはコンベンションを開き続け、またあるプレイヤーは新和版やAD&Dを遊び続け、さらにはD&Dに別れを告げてしまったプレイヤーもいた。
しかし、2000年にD&D3rdが発売されると、英語版を遊んでいたヘビーユーザーが国内で遊び始め、2002年に日本語版が出ると、3rdを待ち望んでいたプレイヤーはもちろんのこと、それまでD&Dから離れていたプレイヤーも戻ってきたのだ。
ホビージャパンは潜在的なユーザーをも呼び戻し、また彼らの声に耳を傾けることで、積極的な販促活動やサポートに力を入れるようになった。
この姿勢が功を奏し、またユーザーも歓迎をもって応じたことが、今日の「D&Dサプリメント毎月発売」につながっていると思うのである。

もう一つの側面として、D&Dのプレイヤー年齢層が挙げられる。
今、D&D関連商品を毎月買い求めているプレイヤーの多くは、20年前〜15年前位に、新和版や電撃文庫版のD&D(今で言うクラシックD&D)で遊んでいたプレイヤーなのだ。
15年前に高校生や大学生だった人たちは、今や社会人になり、多くの場合は社会的、収入的に余裕が出てきている頃である。
そういう人たちは、毎月6000円7000円出しても、さほど痛い出費にはならないのだ。
そういう人たちが、D&Dを買い支えているユーザーなのである。

この価格帯がネックとなって、D&Dは若いプレイヤーには「手の届きにくいシステム」として認識されている。
そのため、「興味はあるけど高くて手が出せない」という潜在的プレイヤーが少なくなく、また表面化しにくいことから、現在のD&Dは若いプレイヤー、若いダンジョンマスターが育ちにくい環境下にある。
ホビージャパンはこれを解決しようといろいろ手は打ってはいるのだが(代々木でのコンベンションもこの一つ)、なかなか難しいようである。
今後に期待してますよ、ホントに。
値段ばかりは、俺一人じゃどうにもなりませんから。

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2008年2月22日 (金)

キャラクターのイラストは描きますか?

TRPGのキャラクターシートには、大抵の場合、キャラクターのイラストを描くスペースがありますよね。
皆様はイラストを描きますか?描きませんか?
私は描かないほうです。
絵がへたくそなので、描くと却ってイメージを壊してしまうんじゃないかと思う訳です。
キャンペーンや、同人誌制作のためのリプレイ取りのプレイだと、絵が描ける人が同じテーブルにいると、「自分のキャラクターはこんなイメージです」とか言うと、ありがたくもイラストを描いてくれたりもしました。
コンベンションでそういうお願いをしている人もいましたっけ。

キャラクターのイラストがあると、ゲームで感情移入しやすいという人もいますが、逆にないほうがイメージを膨らませることが出来て良いという人もいますので、これはもう人それぞれですよね。
ただ、テーブルの他のプレイヤーがみんなイラストを描いているのに、自分だけ空白のままでは、なんか無言の圧力があったりして。
「へのへのもへじ」でもいいって言うなら別ですが。
PBW(プレイ・バイ・ウェブ)のトミーウォーカー社は、「無限のファンタジア」「シルバーレイン」などで、プレイヤーの希望に応じて、(有料で)契約イラストレーターにキャラクターイラストを描いてくれるサービスをやってますね(無限のファンタジアTRPGルールブックの中にたっぷり例が載ってます)。

この頃のルールブックでは、「テンプレート」や「クイックスタート」などにキャラクターのイメージイラストが多く載せられていますので、それで代用してしまうって人も少なくありません。
だから、特にコンベンションでは自分のキャラクターのイラストを描く人は減ってきているような気がします。
あと、イメージというのは人によって受け取り方が異なるので、自分では「コレだ」と思っても、他のプレイヤーが見ると「なんか違うな…」と写ってしまうこともあるのです。
昔、ロードスやソードワールドが全盛だった頃、ソードワールドでエルフのシャーマンを遊んだことがあったんですが、D&Dのルールブックにあったエルフのように、目鼻立ちのキリリッとした男エルフの顔を描いたところ、隣のプレイヤーからクレームが来たことがありました。
「おまえ、そのエルフ怖いからやめろ。俺がちゃんとしたのを描いてやるからちょっとキャラシー貸せと。
その通りにしたら、彼の描いたイラストが、顔の縦横の比率が1対1に近い、とても恰幅の良いディードリットもどきになって返ってきました。
あの時はさすがに言葉を失いました…。

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2008年2月17日 (日)

コンベンション・ジプシー

コンベンションの参加者には、実にいろいろな人がいる。
老若男女、初心者、上級者、プレイヤー、ゲームマスター、Stuffなどなど。
好きなゲーム、遊びたいゲーム、プレイスタイルや考え方もさまざま。
今回紹介するのは、その中に一人はいるであろう存在、各地のコンベンションを渡り歩いていろんなゲームを遊んでいる、いわば「コンベンション・ジプシー」と呼ばれる人たちである。
(「コンベンション流浪者」とか「コンベンション難民」とか言うとアレなので…)

「コンベンション・ジプシー」は、特定のサークルに所属することなく(していることもあるが)、毎月、あるいは毎週、どこかのコンベンションに顔を出して、RPGを遊んでいる人のことを指す。
彼らが、なぜそうなったか?には、さまざまな事情が考えられる。
例えば、学校の卒業やサークルの解散などにより、プレイの場を失ってしまい、その機会をコンベンションに求めたとき。
地元にサークルがなかったり、会員を募集していなかったりしたとき。
例えば、サークルやキャンペーンで何らかのトラブルを起こしたり、物理的・非物理的事情でサークルにいられなくなってしまった時。
例えば、キャンペーンで自分がマンネリを起こしてしまい、気分を変えるためにコンベンションを出歩くようになったとき。
毎回違うメンバーで遊んで、自分の実力を試したかったり、力をつけるため。
新しい出会い(男女問わず)を求めて。
etc...

そんな彼らは、常に最新の情報を受信(または発信)しているのが特徴だ。
TRPG関連の情報メディア(雑誌、ニュース、ブログなど)を絶えずチェックしていて、新作商品などの情報に詳しい人が少なくない。
どのコンベンションでどんなゲームがよく遊ばれているか?ということもチェックしているので、「Aコンベンションでは文庫ファンタジーRPGが流行っていて、Bコンベンションでは文庫現代スタンダードRPGが、Cコンベンションだとアニメ化されたRPGが遊ばれている」なんて事も知っている。
だから、そのコンベンションの情勢にあわせたルールブックを持ってきたりするので、急な時にゲームマスターになることも多い。
各地のコンベンションを渡り歩いて経験を積んだプレイヤーは、他のプレイヤーにとっても心強い存在になる。
いろんなゲームのいろんなセッションを経験しているので、平均以上の適応力を発揮することがあり、遊んだ事がないシステムでも何とかしてしまうことがあるのだ。
初心者にはルールを教えたり、見せ場を作ってあげたり、時にはシナリオのかき回しに徹して裏を支えることも、極端な場合は、押しの強すぎるキャラクター(またはプレイヤー)の話の聞き手になって、その場を制御することもある。
大規模のコンベンションのStuffのなかには、かつていろいろなコンベンションを渡り歩いていたプレイヤーが数多くいるのも頷ける話で、まさに彼らの経験がコンベンションの運営に必要とされているからだ。

一方で、「コンベンション・ジプシー」の存在に賛意を示さないプレイヤーの存在も少なくない。
コンベンションでのプレイは、キャラクターを使い回すことはせず、その1回のゲームでのみ有効なキャラクターを作成して使用することがほとんどである。
(昔と違い、今は「キャラクター持ち込み不可」を言うコンベンションが多勢なので)
そのため「1回限りのキャラクターで1回限りのプレイをする」事に全力を注ぐため、コンベンションでのプレイは大味で、殺伐としたものになる傾向がある。
これに「コンベンション・ジプシー」特有の「キャラクターをその場で使い倒す」プレイスタイルが重なると、ゲームマスターが力負けしてしまったり、最悪の場合セッション崩壊の危機を招く可能性がある。
特に、キャンペーンゲームで、「一つのキャラクターを長い間遊び続ける」ことに面白さを感じているプレイヤーには、「キャラクターをその場で使い倒す」遊び方に違和感を感じたり、最悪の場合衝突ということも考えられるのである。
(もっとも、今のTRPGの主流のシステム構造が、「一つのキャラクターを長い間遊び続ける」というコンセプトではないということも根底にはあるのだが…)
また、まれにではあるが、特定のコンベンションに特有の「流儀」にコンベンション・ジプシーが対応できなかった(なじめなかった)場合、彼の存在は邪魔者扱いされることがある。
 先程、「常に最新の情報を受信(または発信)」と書いたが、この場合、その邪険にされたコンベンションに対するネガティブな感想を発信してしまうこともある。
特に「2ちゃんねる」などの悪質な誹謗中傷の場でネガティブな情報を発信されると、コンベンションStuffがそれを払拭するのに一苦労する、という光景はあちこちのコンベンションで見られている。
これも、「誰が来るか分からない」事を利用した「コンベンション・ジプシー」の問題点といえる。

なぜ「コンベンション・ジプシー」が増えているのかというと、10年前、20年前と比べて、特に都市圏において「コンベンション」が数多く開かれるようになり、敷居が低くなって誰でも参加しやすくなったから、というのが理由の一つであろう。
20年前~15年前のコンベンションといえば、サークルでお金を出し合って大きな会場を借り、各サークルから腕自慢のゲームマスターを擁立して、「うまいマスターのもとでうまいプレイヤーが良質なゲームを遊ぶ」というのが主だった。
だから、プレイヤー参加するほうも、「コンベンションに行く」といえばちょっと気負いがあるのが普通だった(当時サークルの先輩に「初心者はコンベンションに行かないほうが良い」と言われたのを覚えている)。
一方、現在では、コンベンションは「オープンでTRPGを遊ぶ場所」に変容しており、誰でもプレイヤーになり、誰でもゲームマスターになり、気負いなく遊べる場所として親しまれている。
以前に比べて、コンベンションの規模が縮小傾向を続けていることも、敷居の低さにつながっている。
敷居が低くなったことで、老若男女、プレイレベルの区別なく、誰でもコンベンションでTRPGを楽しむことが出来るようになったのだが、その延長線として、ゲームマスターのレベルのばらつきや、プレイヤーのプレイスタイルの違いに起因する諍いなどが顕在化してきて、そして、今回取り上げた「コンベンション・ジプシー」の増加があげられる。

もしあなたがコンベンションのStuffだったら、そんな彼らをどう扱いますか?

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2008年2月11日 (月)

深淵:領地の守り神

2/10のコンベンションにて、深淵第二版のGMを務めました。
シナリオは渦型ですが、当日の手間を削減するためにPCの運命をあらかじめ設定した状態でテンプレートを用意しました。
集まったプレイヤーは4人。
うち2人は深淵のプレイが初めてで、もう一人はルールブックを持参していましたがまだほとんど読んでいないという方でした。
私の知人がもう一冊ルールブックを持っていて、ありがたくも貸して下さいましたので、ルールブック3冊を置いてスタート。
用意したテンプレートは第二版ルールブック収録の「傭兵」「翼人の魔道師」「戦車の魔道師」「奇妙な旅人」。
テンプレート選択でかなり悩まれたようですが、それぞれ活躍の場があるということを説明して、無事に決定。
ルールブックを読んでもらいながら、基本的なルールと運命カードの使い方を説明して、運命の劇場の幕が開く…

傭兵 レイス
運命 13 変わり者の親族、05 不幸

ダリンゴース公国の首都フィレアで、口入れ屋アーヤンテルに雇ってもらって傭兵稼業をこなしているところに、親族であるオレゲール男爵から「力を借りたい」と手紙が届く。
男爵に縁故5点がある彼は「やれやれ・・・」と言いながらオレゲール男爵領に向かう。

翼人の魔道師 ドーファン
運命 86 支配者(魔道師学院)、44-11幸運なる魔法の加護

ドーファンは、過去に、古鏡座の塔で知り合った恋人メーアを、実験中の魔力の暴走で失っていた。
ある日、彼は翼人座の塔の高位の魔道師「さまよう翼ルーグ」から指令を受ける。
ルーグがいたのは、魔道師学院の最高意思決定機関「13人委員会」が開かれる部屋だったが、なぜかそこにいたのはルーグ一人だった。
「獅子王教団の力を抑えるために魔族の力を借りたい。封印を開放して欲しい」
その指令が、学院の意とするところではないことを疑いながらも、ドーファンは指令に従いオレゲール男爵のもとに向かう。

戦車の魔道師 グロウ
運命 75 守護者(原蛇の封印)、03 追放

彼は、魔道師学院で冤罪を着せられ、体に焼き印を押されて追放の憂き目に遭った。
帰る場所を失い彷徨っていた魔道師を、オレゲール男爵が「守り神の守護に」と迎え入れた。
彼はオレゲール家の陵墓にある原蛇の封印を守護する役に付いている。

奇妙な旅人 エラゴエル
運命 54 自己犠牲、67 不義の子

彼はオレゲール男爵の側室の子だった。
正室に男の子が生まれた時、側室とその子は領地を追い出された。
親族を頼ってダリンゴースに流れ着くも、後に母は何者かに殺されてしまう。
一人になった少年を救ったのは、「緑の猟犬」のメンバーだった…。
緑の猟犬が次に狙ったのは、オレゲール男爵領にある封印の開放である。
エラゴエルは仲間の3人とともに、商人の格好をして馬車で男爵領に向かう。

オレゲール男爵領はダリンゴースの辺境で、大きく高い丘陵地帯が領地である。
PCが男爵領に近づくと、道すがらでテントや天幕を張っているガタイの良い男達を見かける。
彼らこそ、版図の拡張のために派遣された「獅子王教団」の兵士達であった。
PC一行が男爵の屋敷で歓待を受けるとき、男爵は獅子王教団に対して「守り神があるから大丈夫だ」と平然としており、また魔道師学院からも魔道師(ドーファン)が来たから策はあると強調する。
しかしその裏では、獅子王教団の恐ろしさを知っていて、守り神を開放して連中を一掃しようと画策していたのだった。

翌日。
屋敷の裏にあるオレゲール家の陵墓にドーファンがやって来る。
陵墓の中央にある「原蛇の封印」を調べた彼は、この封印の強度が非常に弱くなっており、わずかな攻撃で封印が開放される状態であることを知った。
魔法知識でそのことを調べているドーファンを、グロウは怪訝な目でにらみつける。
グロウにとって、今「魔道師学院から来た存在」は邪魔者みたいなものだからだ。
昼、レイスが男爵の兵士と手合わせをしているところに、獅子王教団の隊長が男爵の屋敷を訪れる。
隊長はこの丘陵地帯が陣地として優れていることを告げ、「明日の天頂までに領土を明け渡すように」と説得(実質的な脅迫)にかかる。
男爵は青ざめ、兵士と領民に避難にかかるよう命じ、またエラゴエルに自分の妻子をフィレアに逃すように頼む。
エラゴエルが男爵の妻子の部屋に入る直前、妻子の部屋の大きな鏡が白銀の光を上げ、波打つ鏡面から「古鏡の魔道師リリメール」が現れ、妻子を逃そうとする。
直前の幻視で、間一髪間に合うエラゴエル。
彼の真の目的は、自分と母を追放した男爵とその正室の命脈を断つ復讐だったのだから。
魔道師学院に邪魔されてはひとたまりもない。
また、リリメールはドーファンに「魔道師学院からの指令書」を提示する。
そこには、「オレゲール男爵領にある、魔族の封印を開放するものを阻止せよ」と書かれていた。
おかしい。
ルーグの指令と逆だ?
だが、魔道師学院に縁故5が付いているドーファンは、リリメールの指令に同意する。

夜。
満月の明かりが輝く時間。
エラゴエルは他の商人とともに、男爵の妻子を馬車に乗せて出発する。
だが。
馬車は途中で止まる。
「お前がいなければ、母さんは汚名を受けずに済んだんだ!」
エラゴエルが鎌槍を持ち、その刃が月光にきらめく。
母の汚名をそそいだエラゴエルは、単騎で男爵の屋敷に引き返す。

エラゴエルの夢。
屋敷の奥の宝物庫で、奥にある宝箱を開ける男爵。
白い鞘に収められた短剣を手に取り、握って鞘を抜くと、波打つ刃が白く輝く。
「これがあれば守り神を呼び出せる…」

レイスの夢。
原蛇の魔方陣の中心で、オレゲール男爵が白い、波打つ刃の短剣を持ち、綻びかけた封印に向けて突き立てようとしている。
だが。
「守り神には新鮮な血が必要だ…」
男爵が後ろを向き、白く輝く短剣をレイスの心臓に突き立てる。
鮮血と絶叫が当たりに響く。

グロウの夢。
原蛇の魔方陣の中心で、オレゲール男爵が白い、波打つ刃の短剣を持ち、綻びかけた封印に向けて突き立てる。
刺したところから、魔方陣の紋章がミリミリと音を立てながら崩壊を始める。
そしてもう一つ、封印を破壊する音がする。
それは、漂白された片手を魔方陣に叩き付ける「緑の猟犬」の4人。
2つの滅びの奏でにより、今まさに魔族が現れようとしている…

ドーファンの夢。
魔道師学院の中央の塔にある「13人委員会」。
円卓には13人の魔道師…それぞれの星座の塔の主が座っていた。
その先にいたのはルーグ。
無断で封印を開放して魔族の力を使おうとしていたところを糾弾されていた。
ルーグは、ひそかにオレゲール領の封印「復讐の代行者バリアリゴ」を信奉する教団と、開放の盟約を結んでいたのだ。
ルーグの四方から、鎌槍を構えた4人の魔道師が現れる。
彼らは「典礼監視団」と呼ばれ、道を外れた魔道師に終末の秩序を与えることを任としていた。
白い4人は音もなく近づき、一斉に鎌槍を振り下ろした。
完全なる同時攻撃。
異端の魔道師の終焉であった。

期日の朝。
オレゲール男爵がレイスを呼ぶ。
グロウとドーファンも付いていく。
エラゴエルだけは丘を下り、準備をする獅子王教団のところに向かう。
男爵一行は陵墓の封印へ。
男爵が白い短剣を出したところでアクションシーンに。
まずレイスが背後から男爵に切り掛かる。
衝撃で白い短剣が手から落ち、転倒するが、騎士鎧を着た男爵には有効なダメージが行かない。
次にグロウが、つがえていた破魔矢の代わりに、2アクション使って普通の矢を放つ。
ダメージカードの中に「貫通」が1枚出たが、騎士鎧は二重鎧なのでこれも有効打にならず、かえって男爵の狂乱を誘発してしまった。
最後に、ドーファンが遮光眼を開け、白濁した瞳で「凶眼」を発動する。
これが決定打となり、男爵は声もなく動かなくなる…即死。
程なく、丘の下から獅子王教団の信徒達が、鬨の声を上げながら領地を進軍する。
エラゴエルが先導していた…

エンディング。

レイスは「変わり者の親族」の結末を見届けた。
男爵は領民や兵士を避難させた後に事を起こすことで、領主の責務を果たしたのだ。
フィレアに帰ったレイスのもとに、口入れ屋アーヤンテルから新しい仕事のお呼びかかかる…

ドーファンには幸運なる魔法の加護があった。
男爵に向けた「凶眼」が奏効したのも、亡き恋人メーアの残した魔力のおかげかもしれない。
魔道師学院に忠誠を誓い、本当の使命を果たした白き魔道師を、13人委員会は称賛する…

グロウは守護すべき「原蛇の封印」を守り通した。
やがて、リリメールが13人の封印者を魔道師学院から連れてきた。
彼らとともに「封印の強化」の儀式を執り行う。
これらのことをドーファンとリリメールが証言したことで、13人委員会はグロウの「魔道師学院からの追放」を取り消す。
彼に、再び安息と研究の場所が待っている…

エラゴエルは不義の父、そしてその妻子への復讐を果たした。
もはや、彼にとって封印などどうでも良かったのだ。
「やったよ、母さん!」
そう喜んで大声をあげるエラゴエルの背中を、風がやさしく後押しする。
その風の中に、母の声を聴くエラゴエル。
フィレアに戻った彼に、夢占い師が「あなたにはお母様の死霊が憑いております」と告げる。
これからはいつでも母に会えるのだ…

GMとしては予想していなかった「PC全員生還」という結末。
GMとしては、かたや男爵側につくレイスとグロウ、かたや「封印の開放」という共通の目的を持つドーファンとエラゴエルの対立という事を想定してシナリオを組んでいたはずなのです。
そして「男爵領を蹂躙した獅子王教団VS封印から抜け出した復讐の代行者バリアリゴ」という血まみれの結末を考えていたのでした。
そんな訳でそんな訳で。
深淵初体験のプレイヤー2人にも楽しんでいただけた様子で、GMとしては良い結果でした。
深淵のGMするのも2年近くぶりだったので、ルールを覚えているかどうか、ルールを第二版にちゃんと移行できるかどうか、なにより、感覚とテンション、イマジネーションを維持できるかどうかが内心不安だったのですが、無事に終えることが出来て良かった良かった。
プレイヤーの皆様、ルールブックを貸していただきました知人氏、どうもありがとうございました。

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2008年2月 2日 (土)

深淵第2版買いました

ゲームマーケット2008への参戦が確定しました。
公式サイトではまだ更新がありませんが、後日サークル紹介や配置が発表されるとのことなので、当日に向けてご注目頂きたいと思います。

2_3
待ちに待った「深淵第2版」が発売になりました。
イエローサブマリンでは前日入荷で売り切れと言う店もあったとかで(自分が行った川崎店ではそうだった)、自分はラゾーナ川崎の丸善で確保しました。
一通り読んでみましたが、ルールの骨格の部分は第1版と代わっていません。
変更された部分もコラムでまとめられていますので、容易に対応できるようになっています。
また、以前出たサプリメントはほとんどそのまま使用できるようになっているので、どっかの会社のゲームのように「版上げされたからサプリメント買い直し」のようなことはなくて安心。

本文は、表紙とテンプレート以外にはイラストは全くなく(テンプレートのイラストは全て銀龍亭異聞と同じ)、とにかく文章を詰め込んだと言う感じですが、第1版にあったような読みづらさは感じません。
(第1版のときは、重要なルールをカラーマーカーで色をつけていた記憶があるんです…)
収録テンプレートは16種類。

  • 歩兵

  • 弓兵

  • 傭兵

  • 騎士

  • 盗賊

  • 吟遊詩人

  • 踊り娘

  • 少年

  • 白馬を連れた娘

  • 夢占い師

  • 司祭(プラージュ)

  • 翼人の魔道師

  • 戦車の魔道師

  • 野槌のまじない師(幻術師)

  • 原蛇の魔道師(召喚者)

  • 奇妙な旅人

  • 戦闘系5人、一般ピープル(?)4人、魔道師系6人、その他1人と言う陣容。
    第1版で人気の高かった、騎兵、黒剣の魔道師、青龍の魔道師が外れたのは意外ですが、ギュラニン党の暗殺者「死せる魂の守護者」の6の位のようなどうやって遊べばいいんじゃー!?というテンプレートも載っていないので、とりあえずは普通に遊べそうな、またはそんなに難しくないテンプレートばかりそろえられています。
    しかし、各テンプレートは「銀龍亭異聞」のものとはいろいろデータ(運命とか)が違っているので、プレイ前にどっちのデータを使うか?の確認が必要かもしれません。
    ちなみに今回、翼人の魔道師(の呪文)がルール変更されており、凶眼で睨まれると即死するという凶悪な仕様となっておりますのでGMの皆様はご注意頂きたいと思います。

    基本的な判定方法は変わっておらず、6面体2つ+修正値+必要に応じてカードや推定寿命というもの。
    作業判定、カード判定、縁故のルールも健在。
    アクションシーンは微妙に代わっており、武器での防御値が「値分のダメージカードを捨てる」から「防御分の肉体ダメージを吸収する」になりました。
    また鎧での防御で、「手札を1枚捨ててダメージカードを1枚打ち消す」がなくなりました。
    「長い」と言われていた戦闘シーンを短くする対策なのですが、重要なので気をつけて下さい。

    大きく代わったのは「運命」「魔族」「運命カード」の3点。
    「運命」は使いにくい運命が差し変わった上で、カードナンバーや語り部とのマッチングが取られたため、同じ運命でもナンバーが変わっていたり詳細が変更されていたりするので、要注意です。
    例えば第1版の運命1番「魔剣」は第2版では27番に移動しています。
    「魔族」は「モールの魔道書緑色写本」になり、新しい魔族が追加されたり、名前が違っていたりと、時代による変容が生じた設定となっています。
    風虎の魔族「雷鳴の猟犬スパンダルキー」は「雷の大公メア・ゴーン」の下僕になってしまいましたが、こいつを勝手に召喚するテンプレート「薄幸の少女」はどうなってしまうのでしょうか?
    Dscf0074

    最大の変更点は「運命カード」です。
    第1版のものと違い、モノクロになり小型化しました。
    巻末にあるので92枚切り離さなきゃいけないんですが、これが結構気を使いました。
    下手に破り目を作ると何のカードか分かってしまうので…。
    切れ目は入っていますが、不安な方ははさみで切ると良いでしょう。
    92枚ありますが、カードが小さく薄くなったので、収納にはトレーディングカードのデッキケース(60枚くらい入るヤツね)が使えます。
    ただ、「血のごとく赤き」の赤札を混ぜて使うことは出来なくなりましたが…。
    レイアウトは裏表とも全く新しくなりました。
    中身ですが、作業判定の項目がなくなりました。
    ダメージは物理ダメージが増えているので、防御ルールの変更と合わせて戦闘がよりデッドリーになりました。
    あと、「語り部」のフォントがちょっと読みにくい。
    雰囲気重視なんだろうけど、文字が小さい分、もっと読みやすいフォントにして欲しかったです。


    血が一滴、したたった。
    無明の闇から、
    今、何かが誕生し、
    世界に波紋をもたらしていく。



    まだの方は、どうか是非、お手に取っていただきたいと思います。

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    2008年1月24日 (木)

    ブースに来たお客様の対応について

    まず、今回はmixiの某コミュニティにあった投稿をご覧頂きたい。


    昨年末、運良く冬の大祭に遊びにいくことができました。
    やはり最大規模イベントだけに、TRPGのサークルも多いんですよね♪


    さて、その時に気付いたことがいくつか。
    女性の売り子さん、増えましたねー♪
    もともと『看板娘』が売り子をしていることが多いですけど、コスをしたり可愛い声で呼び込みしたり。
    ええ、女の私でもクラッとしたし……ただし、彼女らが意図したのとはたぶん逆の方向に。


    張り切るのは分かります。鼻に掛かる甘い声も良いでしょう。
    でも「ありがとうございました〜」と文字で書けないほどのキャバクラ接客は、ちょっと危険かもしれないよ?
    ふわふわミニスカートに生脚で深々とお辞儀は、『丁寧』ではないんだよ?


    彼女らも、サークル内で性差被害を受けることがあるかもしれない。
    でも「相手が悪い!」の一辺倒じゃなく、「自衛」も必要なんだよ、と説諭したくなりました。


    また逆に。
    女性売り子さんに甘えて、内容をしっかりと見せてもらっていたら。
    隣に来た、全然知らない男性客がブツブツと聞こえるように独り言を開始。
    ああ…まえに友人(♀)が言っていた「いかにもアピールしている独り言」って、これか!

    売り子さん。一人にして逃げてしまってゴメンナサイ。
    トランのコスをしている貴女と本当はゆっくり話したかった!
    でも恐かったんです、独り言男性が。


    結局は、性差がどうこうより、個人のモラルが大切なんだなぁと再確認。
    読んで気分を害した方がいたら、ごめんなさい。
    「私は、そんなつもりで男性に接してない!」とか。
    「独り言はクセなんだ、自意識過剰な!」とか。
    たぶん十代・二十代の頃の私なら、そう反論してます。
    でもそう考えていた私は、その頃に色々と痛い目に遭いました。
    久々に大きな集まりでその事に気付いてしまったので、覚書的に愚痴愚痴と。


    この投稿。
    「女性売り子さんに甘えて〜」より下の部分。
    まさかと思い、投稿された方に直接コンタクトを取ったところ、トラン(某文庫ファンタジーRPGリプレイのキャラクター)のコスプレをしていた女性の売り子がいたこと、そして売られていた本のタイトルを挙げられたことから、こりゃウチのサークルじゃねぇかと驚愕してしまったのである。
    さしあたり、投稿主さんにお詫びをしたの