« 努力することと、上達すること | トップページ | コミックマーケット77当選 »

2009年10月13日 (火)

ゲームできて仲間もいる人達がぶーぶーぶっこいてる不満

前回に引き続き、「ぴよぷー☆生活」の中にある文章(52ページ)から。




「普段ゲームする仲間がいなくて遊べなくて困ってる人たちがーこのままじゃいけないってんでTRPG人口ふやそーとしてるっつーのに」

「ゲームできて仲間もいる人達が不満ぶーぶーぶっこいてるからTRPGなんて面白くないとか言われちゃってー」



つまりTRPGが遊べる環境にあるのなら不満は出ないはずだ、あるいは、不満なんか言うな?遊べりゃ満足だろう?と言っている辺りです。
で、そのぶーぶーぶっこいてる不満の数々がコレ。



「初心者が増えていやだ」
「新しいゲームなんて出すな」
「○ード○ールドやってるやつはダメ!」
「国外ゲーム最高!!それ以外みとめない」
「オレら上級者から金をとるな」
「サプリメント出せサポートしろ」
「イベントはどれもダメだ」
「コンベンションは金をとるな」等々



皆様、この不満の数々をどう思われます?
私が知っている限りでは、「○ード○ールドやってるやつはダメ!」と「国外ゲーム最高!!それ以外みとめない」を言っていたプレイヤーは実際に当時のコンベンションで見かけたのですが、他のものとなりますと、実際にあったかどうかも疑わしいものも見受けられるのです。
まぁ、全部が実在じゃなくて多少の誇張があるとは思いますが、それではひとつずつ検証していきましょうか?



「初心者が増えていやだ」

初心者が増えるとなぜ嫌なのでしょうか?
ルールを教えるのが面倒くさいからでしょうか?
いつものノリや空気が使えなかったり、プレイが阻害されるからですか?
でも振り返ってみて下さい。
そういっていたあなたも最初は初心者だったはずでは?
あなたが初心者だった頃、周りのプレイヤーはあなたを快く受け入れてくれましたか?
もしそうだったら、新しい初心者も快く受け入れてあげませんか?
ルールを教えたり、コンボやテクニックを教えるのもTRPGの楽しみのひとつと考えれば、それほど苦痛でもないのではありませんか?
それでもなお、「初心者が嫌だ」というのなら、ベテランだけを集めて身内プレイをすればいいだけのことですから。




「新しいゲームなんて出すな」

残念ながら、どんな新作ゲームにも営業上の「寿命」があります。
クラシックD&Dに始まり、AD&D、D&D3版、目新しいところでは3.5版も「寿命」を全うしました。
この「寿命」は、サプリメントやサポートの継続で「延命」が可能です。
それでも、様々な要因で「寿命」は来てしまいます。
基本ルールブックが品切れになってしまったり、絶版になってしまったり、最悪の場合、デザイナーが夭折したり出版社が潰れたりすることさえあります。
ソードワールド1.0が「完全版」になり、「カードRPG」になり、「ベーシック」に原点帰りして、あれだけリプレイやシナリオが出たとしても、いつかは営業上の「寿命」を迎えてしまいます。
D&D3.5やソードワールド1.0は、改版という形でめでたく「寿命」を全うしました。
ゲームデザイナーや出版社は、ゲームが「寿命」を迎えてしまう前に、新しいゲームを出さなければ食っていけません。
新しいゲームが出れば、プレイ人口は変動し(多くの場合増加ですが、極まれに減少ということもあります。何とはいいませんが)、プレイの選択肢が増え、新しいプレイヤーが入ってくる可能性も期待できます。
では、なぜ「新しいゲームを嫌う」のでしょうか?
今まで自分が遊んできたゲーム環境が崩れるのを危惧してのことでしょうか?
新しいゲームが出ることで、今までのゲームの環境が崩れることがあるのならば、その環境自体に問題がある可能性を考えなければいけません。
新作ゲームが出ると自分のパイが減ってしまうのでしょうか?
新しいゲームが出ても、これまでの自分のゲーム環境が崩れなければ、何も被害をもたらさないはずでしょう?
もし環境が崩れてしまっても、新しく環境を再構築することは難しくないはずです。
自分が愛しているゲームを遊び続ければ良いのですから。




「○ード○ールドやってるやつはダメ!」

これ、どんなシステムにも当てはまりますよね?
「○&Dやってるやつはダメ!」
「○ブルクロスやってるやつはダメ!」
「○イドRPGやってるやつはダメ!」などなど。
指摘したゲームをやってる人の、一体どこがダメなんでしょうか?
遊び方がダメ?
プレイ思想がダメ?
プレイマナーがなってないからダメ?
ソードワールド1.0を例に挙げるならば、プレイ人口が爆発的に増加した1991〜1994年頃、各地のコンベンションでソードワールドのプレイヤーが起こした行動が問題になったことがありました。
ソードワールドのプレイヤーができないと、他のゲームに回らずに帰ってしまったり。
ソードワールドのゲームマスターが足らないと、他の不人気な卓のゲームマスターを無理矢理ソードワールドのマスターに変えてしまったり。
コンベンションの主催者側でも、他のプレイヤーに迷惑が及ばないように、ソードワールドのテーブルだけ別の部屋に隔離したり。
しかし、これらの現象の多くは、その数年前にクラシックD&Dでも起こっていました。
クラシックD&Dでも、プレイヤーによる問題行動が挙げられていたことがあり、その対策として「当コンベンションではD&Dのダンジョンマスターを用意していません」と告知するところもありました。
特定のゲームを遊んでいるからといって、そのプレイヤーの人格を否定することはない、あってはならないと思います。
それはシステムの責任ではないのですから。




「国外ゲーム最高!!それ以外みとめない」

国外ゲームが素晴らしいというのなら、それを尊重してあげればいいだけのことです。
国外ゲームで遊んでいる人達は、自分たちのコミュニティが維持されている限りはあまり外に噛み付いたりはしないでしょう。
せいぜい「まーた国産の新作が出た、ダメだこりゃ、ケケケケケ」と身内で冷笑しているくらいです。
ところが、たまーにコンベンションで現れると、ちょっと困ったことになる可能性があります。
あるゲームマスターがコンベンションでソードワールド1.0のマスターを務めたのですが、たまたまプレイヤーに入っていた「国外ゲーム最高」な人に、シナリオをズタズタに引き裂かれたあげく、ゲーム終了後に「やっぱりソードワールドはダメだ。こんなヌルいシナリオより、みんなでルーンクエストやらない?」と吹聴されまくったのを、昔恨み節のように聞かされた記憶があります。
また、「国外ゲーム最高」な人がマスターやったりプレイヤーに混ざったりすると、そのシビアさを知らないプレイヤーが怖がってしまい、「D&D怖い」「洋ゲー怖い」という印象を持たれてしまうことすらあります。
さらに、国外ゲームが日本語化されると、その日本語版ルールブックやプレイヤーを嘲笑したりするのもこのタイプです。
とはいえ、下手に手を出したりしない限りは牙をむいてこないので、そっとしておいてあげましょう。




「オレら上級者から金をとるな」

コレに付いては噴飯モノです。
上級者になるほど、ゲームに使うお金が増えていくのが普通じゃないんですか?
たとえば、D&D3.0と3.5プレイヤーとして遊ぶだけならプレイヤーズ・ハンドブックだけで済みますが、全部のルールブックを揃えるのなら日本語版だけでも40万に迫る金額が必要でした。
ちなみに、現在の4版でも既刊のルールブック全部を揃えると5万を超える代物となっております。
ゲームの面白さが分かってくると、上級ルールブックを買ったり、リプレイを買い足したり、どんどんお金をつぎ込んでいくのが普通ですよね。
そんなわけで、なぜ「上級者から金をとるな」という不満が出てきたのかが不思議です。
上級者ほど「金を使わずに遊ぶ術を知っている」とでも言いたいんですかね?




「サプリメント出せサポートしろ」

これも、どこが不満なのか判断に困ります。
今のTRPGシステムでは、サプリメントやサポートが出ない方が珍しいという状況になっておりますので、よほどのことがない限りは不満にならないでしょう。
どうしてもサポートが出ないというのなら、自分でやってしまうという手もあります。
webや同人誌という形で、サプリメントやサポートを出してしまうのです。
たとえば、アメリカで発行されていたルーンクエストの同人誌「Tales of the Reaching Moon」は、日本でもRPGマガジンで紹介された有名なサポート同人誌でした。
制作者に対して、「サプリメント出せサポートしろ」というのは、不満どころか正当な意見、権利のうちだと思います。
「ゲーマーズ・フィールド」や「Role&Roll」はそのための雑誌なのですから。




「イベントはどれもダメだ」

これも抽象的すぎて、どこがどうダメなのかが明らかになっていません。
こういう「ダメ」判断は、主観的になりがちです。
曰く「俺が楽しめなかったからこのイベントはダメだ」というものですね。
「ダメだ」と思ったら、主催者側にどんどん意見を送れば良いと思います。
採用されるかはともかく、参加者からの声が多く集まれば主催者側も改善しなければと奮起することでしょう。
そこで改善されなかったら、「本当にダメだ」と思うしかないわけなのですが。
「本当にダメだ」と思ったら、残念ですが参加しない方向に行くしかないのです。
あるいは、自分で満足のいく楽しみ方をするか、です。




「コンベンションは金をとるな」

JGCやGFコンのように企業主催のコンベンションならともかく、一般ゲーマーが主催する普通のコンベンションまで金をとるな、というのには無理があります。
コンベンションを開けるほどの施設を主催者やStuffの全額自腹で開催する、というのは、よほどの太っ腹と覚悟でないとキツイものです。
私は実際、50人規模の会場を全額自腹で借りて参加費無料のコンベンションを開いたことがありますが、参加者の方から「なんで参加費取らないの?」と聞かれたことがあります。
理由は「参加者の負担を少しでも減らすため」というものでしたが、世の中のコンベンション主催者が全員そんな献身性を持っているわけではないので、参加者(とStuff)に公平に参加費を負担してもらう、というのが一般的です。
この「コンベンションは金をとるな」という不満は、おそらくコンベンションが儲かるという観念を持っているのではないでしょうか?
実際運営に携わってみるとお分かりかと思いますが、会場費や諸経費でトントンが限界で、とてもじゃないが儲けというほどのものは出ないというのが現状です。
まぁ黒字が出ても、次回の運営費に回すか、一発ものだったら打ち上げでコーヒーの一杯でも出すという位にしかなりません。


以上、「ゲームできて仲間もいる人達がぶーぶーぶっこいてる不満」を検証してみました。
まぁ10年前の本の話なので、今のゲーマーがぶっこいてる不満とはかなり違うのかもしれませんが、もし今の不満があるのならば、機会を見てそれも検証してみたいと思います。

|

« 努力することと、上達すること | トップページ | コミックマーケット77当選 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/124829/46474486

この記事へのトラックバック一覧です: ゲームできて仲間もいる人達がぶーぶーぶっこいてる不満:

« 努力することと、上達すること | トップページ | コミックマーケット77当選 »