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2008年8月 6日 (水)

FEARのルールブックはなぜ読みにくいのか

なんかりういち君の例のページが、なぜかフランスのサイトで紹介されていて驚きました。
アクセス解析見たら見慣れないリンク元があったものでして…。

これまで当ブログでは、ことあるごとに「FEARのルールブックは読みにくい」と書いて来た。
では、なぜ読みにくいのか?
何処が読みにくいのか?
今回はその部分を解明していこうと思う。
なお、FEARのルールブックとして、ムックサイズの機甲ファンタジーRPG、文庫サイズの現代スタンダードRPGを傍に置いて書き進める事を申し添える。

現在のFEARのルールブックの書き方は、1998年のアーバンアクションRPG第3版に起源がある。
それ以来、ずっとこのフォーマットで書き続けられて来ている。
実は、FEARのルールブックが読みにくいのは、前身の怪兵隊からの伝統で、その証拠に、1993年に発売されたアーバンアクションRPG初版ですら、既に各所から「読みにくい」と非難の声が上がっていたのである(田中としひさ「おこんないでね」にも記述があります)。

FEARの名誉のために言っておくと、同社はTRPGのプレイステップを細分化して規定し、それぞれをルールで定義する事により、可能な限り「ルールのあいまいさ」を排除した、明確なプレイ方法、マスターリング方法を明示する事に成功している。
また、キャラクターのできる事、できない事をこれまた明確に定義し、「シーン制」の導入により、各キャラクターにほぼ平等に活躍の機会を持たせ、「ハンドアウト」でプレイヤーのゲーム導入のきっかけを持たせる事も可能とした。
以上の事により、プレイヤーは手順を追っていけば誰でも最大限(少なくとも平均以上)の力を使って遊ぶ事ができるし、ゲームマスターもこれまた手順を追っていけば、よほどの事がない限り事故る事がなくマスターリングができるようになっている。
キャラクターの特技や特徴、アイテムなどは、一覧表ではなく、個別にデータをまとめて書いてパッキングする事により、名前さえ分かっていれば、そこをめくるだけで必要な情報が読めるように配慮されてもいる(うまく説明できないが、現物を見れば分かってもらえると思います)。

FEARが行ったこれらの「改革」は、従来のRPGの流れを大きく変えるものであり、実際に多くのファンを獲得している。

なお、鈴吹太郎氏はD&D3.0のシナリオも書いていて(Seven Tales of Adventuresに収録されている最初のシナリオ)、これはフツーに読めるシナリオになっている事も付記しておく。

話がそれたので本題。

それらの事を行っているのに、なぜFEARのルールブックが「読みにくい」のか?
第1の理由は、ルールブックを読んでもらう「対象」である。
FEARのルールブックは、あらかじめリプレイを読んでいるか、同社の別のルールブックを読んでいるかなどして、TRPGの知識や遊び方をあらかじめ知っている人(だけ!)を対象にルール本文が記述されているのである。
その証拠に、FEARのルールブックには、TRPGの基礎知識についての説明がないものがほとんどである。
紙面に余裕があるはずのムックサイズのルールブックでも載っていない。
なぜか?
事前に、あるいはほぼ同時に発売されるリプレイを読んでもらうためである。
しかし、このリプレイにも問題がある。
この手のリプレイは、あらかじめルールブックを読んで、ゲームの流れをつかんでいる人を対象に書かれている事がほとんどだ。
TRPGのTの字も知らない人向けに書かれているリプレイではない。
つまり、リプレイを理解するためには、ルールブックを買って読まなければならない。
一方、ルールブックも、リプレイをあらかじめ読んでおかなければ理解できない。
結局のところ、ルールブックもリプレイも両方買わなければいけないという事である。
ちなみに、ゲーム・フィールドは昔TRPGの入門書「RPGなんてこわくない!」を発行したが、現在は入手不可能となっている。
繰り返すが、ルールブックが「読者がリプレイを読んでいる」という前提の上で書かれているので、全くのTRPG入門者やリプレイを読んでいないプレイヤーに取っては、何がどうなっているのか分からない事ばかりである。

しかも、FEARのルールブックの書き方は、一つのルールを読むときに、そのルールを読んで「完全に理解してから」次を読む事を要求される。
例えばD&D3.5では、ゲームの「基本のしくみ」として、20面ダイスを振って修正値を足し、目標値以上なら成功と言うことを書いている。
さらに、ゲームで遊ぶのに全てのルールを覚えなければいけないという事はないと書かれている。
基本部分が飲み込めたら、実際に遊び始めてみよう、という事である。
一方、FEARのルールブックは、Aというルールを読んだら、次にBというルールを読むときに、Aのルールを完全に把握していなければならない場面が非常に多い。
これは、FEARのルール構造が、「Aのステップの次にBのステップ…」というように、きちんと手順を踏まなければゲームが成立しないようになっている事が原因である。
例えて言うなら数学の勉強のようなものである。
自分のキャラクターに関係ないルールならともかく、基本的なルールは全て把握して理解しなければ、手順を追ったゲームが進めなくなり、セッション崩壊の憂き目にあってしまうのだ。
あと、細かいところなのだが、例えばキャラクタークラスや特技、アイテムなどを羅列する際、並び方がアイウエオ順になっていないものもかなり多く、検索のしやすさを損ねている。
これは最近のルールブックではレベル順>アイウエオ順になっているものもあるので、改善されてきてはいるようだ。

第2の理由は、FEARという企業の「閉鎖性」にある。
FEARのルールブックは、どれも同じような書き方をしているので、それに慣れていれば、どんなルールブックでも一通り読めてしまうというメリット(?)がある。
だが、逆を言えば、ひとつ読めなければ、他のFEARゲーも全部読めなくなってしまうという事である。
なぜこうなってしまったのか?
ここでFEARの「閉鎖性」が現れる。
FEARは、自社の会員を広く募集しているが、基本的にはその会員だけをマーケティングの対象にしている。
会員以外のゲーマーには商売する気がないんである。
FEARが新作RPGを発売するのは、会員に向けてか、あるいは会員を増やすための施策に他ならない。
FEARは新しいゲームを作る事はもちろん、会員に向けてサポートを売る事も重要な資金源としているため、会員の増加が生命線なのだ。
金澤尚子が会誌内漫画で行ったアンケートも、主にFEARの会員向けに行ったものであるから、回答が偏っていても当然である(一応対外アピールはしていたらしいが)。

それを示すエピソードがある。
1998年のジャパンゲームコンベンションにて、アーバンアクションRPG第3版のトークショーが催された。
ショーの終わり際、FEAR社員のたのあきら(磯田暁生)がこんな言葉を発した。

「当社のサポートは会員に向けて行われるものです。ですから、サポートが欲しければ会員になって下さい

この発言こそがFEARの姿勢を体現しているのだ。

このルールブックの読みにくさがFEARの社内で完結していればまだましなのだが、これからの世代を担うであろう若い人たちにも、既に影響が出始めている。
例えば、ゲーム・フィールド大賞。
以下Wikipediaから抜粋。

「どれだけ面白いアイデアを持つゲームであっても「読みやすくわかりやすい」編集やコンポーネントが工夫されてないと一時審査の時点で落選する。ゲーム・フィールド大賞のゲーム部門はライターを募集する賞ではなくあくまでデザイナーを募集する賞なため、「面白いゲームを作ることかできるか」や「面白い文章をかけるか」ということと同様に、製品のトータルデザインができるかということが求められている。」

つまり、ぶっちゃけて言えばどんなにゲームが面白くても、ウチのフォーマットでルール書いてないと落とすよということなのだ。
以前、この対象に入選した作品のルールブックを拝見する機会があったのだが、ルールブックの書き方はFEARのそれと全く同じであり、ちょっとはオリジナリティあってもいいんじゃないかなぁと思ってデザイナー氏に聞いてみたところ、「こういう書き方しないと一次審査で落とされますから」と返事が返って来た。
そういえば、以前に入選して商品化された現代伝奇RPGも、同人版と製品版ではまるっきり別のルール本文になってしまった…とGM氏が嘆いていたっけ。
ともかく、FEARから出す以上はFEARの書き方でなきゃ認めない、と言っているわけだ。

読みにくいルールブックなんだから、デザイナー自ら解説本なりガイドブックの一つくらい出せばいいと思うのだ。
昔よくあった「◎◎がよくわかる本」のような。
あ、でもそれをやったらリプレイが売れなくなるから禁じ手なんですかね?
誰か「FEARゲーがよくわかる本」なんて同人誌でも出しませんか?

では、どうしたら読みやすくなるだろうか?
最大の鍵は、FEARの(閉鎖的な)体質にある。
FEARはゲームデザインから、ディベロップ、モノによってはDTPデザインに至るまで、ほとんどの作業を社内で行っている。
小規模の企業で行っているのだから、残念ながら必然的に、独善的な品質になりやすいのである。
例えば、文庫現代スタンダードRPGのStuffクレジットを見ると、編集やライティングが社内の人間なのは当然として、テストプレイの面々が、他のFEAR作品でもよく見かける方々ばかりだという事に気づく。
他にも、会員やGFCON参加の皆様宛のクレジットも入っているが、そう考えると、FEAR作品のデザイン、ディベロップメント作業は、それなりに閉鎖的な環境、しかも、FEARのルールブックの書き方に慣れてしまっている人たちなので、それがフツーだと思ってしまっているところが危うい。
俺みたいな会員でもない(なる気もないが)マイノリティの声など届くわけがない。
FEARは新作のテストプレイを、鈴吹太郎氏が講師を務めるゲームスクールで行っているが、このスクールではFEAR製品を教材にしてアナログゲームの授業を行っているので、完全にオープンというわけでもない。
(ちなみに、このスクールは2009年で閉校が決まっている。もしかしたら、これがターニングポイントになるかもしれない。)
ここで必要なのは、「完全な第3者」の視点である。
例えば、TRPGのTの字も知らない一般ピープルにルールブックを見せて、何処が読みにくいかをモニタリングする。
例えば、家電製品の説明書などを書いている専門の人(マニュアルライティング)に、ルールブックを校閲してもらう。
例えば、猿楽庁のようなゲームチューニング機関に、ルールブックを校閲してもらう。
内部だけではない、外部からの声を受け入れる事が、より良いルールブックを作り上げる大きな要素ではないかと考える。

なんでこんな事を書いたのかというと、FEARのRPGって面白いものも多いから、今の読みにくいルールブックぢゃあまりにももったいない、と思ったわけですよ。
今までずっと自分の中でくすぶっていたものをこうして出したんです。
もっと多くの人の声を聞いてもらいたいんですよね。

以上。よろしく御願いします。
「ルールブックが読みにくいからTRPGに手が出せない」というプレイヤーが出ないうちに。

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