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2008年3月 2日 (日)

方向性の違い

前回のエントリーで、「TRPGは盛り返してきている」と書いた。
繰り返すが、底を打っていた1995〜1998年頃と比較すると、新作や関連商品は毎月のように発売され、TRPGを取り扱っている月刊誌も2つあり、プレイ環境は整備されて続けてきたものを使い続けている。
しかし、その前の(1990〜1994頃)過熱ぶりを知っている人から見ると、「また一過性のものなのではないか」と言われたり、「言うほどプレイヤーが増えてないじゃないか」と言う人もいる。
実はその認識は正しい。
なぜなら、16年前の過熱ぶりと、現在の盛り返しでは、そもそも方向性が異なるからである。

16年前の「TRPGブーム」は、簡単に言えば「金になりそうだからやってみよう」というメーカーが多く、システムの出来は玉石混淆で、傑作もあればどうしようもない駄作もあった。
それでも、角川とか角川(富士見)とか角川(メディアワークス)が自社作品のメディアミックス戦略の一環として、人気作品のプッシュをこれでもかと行っていたので、この時期からTRPGに手を染めたという人はとても多かった。
その尻馬に乗ったそれに追従する形で大小問わず、多くの企業がいろんなRPGシステムを出したので、当時のプレイヤーは非常に選択肢が多かったのだ。
(が、ソードワールドが以上に人気があったので、当時のコンベンションではソードワールドだけを遊びたいプレイヤーがあちこちで増殖し、ソードワールドのマスターが出来ないGMにお帰り頂いたこともあった)
また、TRPGの入門書、ゲームマスターの入門書、様々な副読本や関連書籍などが豊富に売られていたので、それらを読んで楽しみを広げることも出来た。
言わば、「TRPGの市場を拡大するためのブーム」だったと。

対して現在はどうか。
簡単に言えば「現存の市場の維持」のために盛り返している、と言えるのではないか?
「冬の時代」を生き残って来たプレイヤーは、10年経ってタフになった。
「冬の時代」に直面したメーカーは、生き残ったり淘汰されたりして、無秩序な市場の拡大を反省した。
「冬の時代」以降にTRPGに足を踏み入れた新しいプレイヤーは、新たな資金源である。
「質より量」の時代ではなくなった。
現在のTRPGの市場を維持するために、新しいプレイヤーよりも今いるプレイヤーをなんとかして維持しようとして営業活動を行っているように見える。
穿った見方をすれば、今のお客様から金を搾り取れるように、深く、濃い内容のものを集中的に投入しているのである。
目の肥えたゲーマーからフォアグラでも採るつもりなんだろうか?

その証拠に、今TRPGの「入門書」はあるだろうか?
あるのはリプレイばかりである。
しかも、そのリプレイは「入門用」だろうか?
リプレイを先行して発売し、収穫層を確保した上でシステムを発売する。
基本ルールブックは文庫なのに、上級ルールブックはサイズが違い、しかも高価。
でも、プレイヤーはみんな「上級」を求めるから、いやでもそれを買わなければならない。
新規参入者への高い障壁を放置し、その障壁を乗り越えたプレイヤーを囲い込む。
13年前に多くのTRPGプレイヤーが望んだ「結果」がここにある。

あなたは、この「現状」に満足しているだろうか?

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