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2007年9月15日 (土)

RPGと暴力

先日、あるコンベンションのStuffから、「しばらくコンベンションに行くのを休んではどうか」と言う話をされた。
そのStuffはどうもこちらの事情を知っているらしく、「精神的に不安定な状態のままでは症状が改善しない」「今のあなたには、コンベンション参加は精神的負担が大きすぎる」というようなことを諭されてしまった。
実際問題、今年は1回もマスターしてないし、コンベンションに行かない月もあった。
取り合えず、8,9,10月はコンベンション参加をやめて、休日は休養しようということになった。
11月も2つほど行きたいコンベンションはあるが、それ以外は行かないでおく。
12月もコミケがあるので行かないかも。
だからといって何もしていないわけではなく、冬コミに向けて原稿の執筆作業は確実に進んでいるわけでして。
今回も100ページを超えるボリュームになってしまいました。
まぁこれは受からないとどうにもならないのですが、とにかく形にはしないといけないので、申込結果が出る前には原稿作業を終わらせるつもりです。

ほとんどのRPGには「戦闘」と言う作業がある。
「戦闘」と言うだけあって、武器を振るい、銃を撃ち、魔法を放つことによって、敵のNPCを(ゲームによってはPCを!)死傷させることになる。
これは、敵に「暴力を振るう行為」と言い換えることが出来る。
別に武器を手にしていなくても、例えば某レゲネイドアクションRPGだと、電撃を放ったり、自分の血を鉛玉のようにして血の雨を降らせたりできるのだから、立派な「暴力」と言える。
アメリカだと、このRPGでの戦闘処理を「ゲーム内での暴力を推奨するものだ」として、問題視する声が時たま上がっていると聞く。
たとえゲームの中でも、暴力はいけないらしい。
彼らの言い分では、「こういう暴力的なゲームをすると、現実的に暴力をやり出しかねないヤツが出てくるのではないか」というものである。
実際にアメリカでは、FPS(ファースト・パーソン・シューティング)に影響されて、学校内で銃を乱射した事件が起きていて、その度にゲームがやり玉に上げられるのがお約束となっている。
RPGでも先述のような声が何度か上がっているし、それどころか子供が洞窟に一人で入っていって、そのまま帰ってこなかった事件が有名である。
こういう「ゲームの暴力性」について、オリジナルのD&Dデザイナーであるゲイリー・ガイギャックスが、自著「ロールプレイング・ゲームの達人」で触れている。


「世の中には、映画やテレビや文学などが、じょじょに暴力賛美の方向に向かっていると非難する人たちがいる。最近では、ロールプレイング・ゲームもこの批判を受けるようになってきた。しかしながら、こういった批判をする人たちは、この代用暴力が人間の暴力的性格にとっては一種のはけ口になると言う考え方を知らないか、無視しているようである。これは特に、受け手が単なる受動者以上のものになった場合に当てはまる。
(中略)おそらく、ロールプレイング・ゲームのマスターやそれを目指す人たちは、暴力的、攻撃的な性格ではないことだろう。彼らは、ゲームの中での戦闘や暴力は全て架空の出来事だと理解している。実際に行なってはいけない、そしてそのための理由としてはいけないと言うことなどとうぜん理解している。たいていのプレイヤーやマスターは、ゲームにおいて自分の現実の生活に影響するようなことを行なったりはしない。達人と言うものは、ロールプレイング・ゲームと仮想と現実の違いを理解しているし、これを取り違えたりはしない。それが、この三つのものをそれぞれ有効に活用する唯一絶対の方法なのである。」

これは武器が手に入りやすいアメリカでの事情だが、武器が手に入りにくい日本でも、おおよそのことは該当するのではないだろうか。
かつて、対戦格闘ゲームが大ヒットした時に、ゲームのまねをしてストリートファイトをする若者が(いなかったわけではないが)増えただろうか?
秋葉原にはそのものずばり「武器屋」があるが、そこで買った武器を振り回して暴力沙汰になったことがあるだろうか?
アメリカと同様、日本のTRPGプレイヤーにも、現実と空想の区別がついているプレイヤーがほとんどだし、今後もそうであることを信じる。

システム構造で言えば、多くのRPGシステムでは、キャラクターの負傷具合を部位ごとではなく、全体のダメージとして抽象的に処理しているものが多い。
これは命中部位ごとのダメージ処理が煩雑なのと、(私的だが)過度の暴力や残虐的表現を避ける上でも有効だと思う。
逆にルーンクエストやロールマスター、最近だとウォーハンマーRPGのように命中部位を決めるゲームもある。
ウォーハンマーともなると命中部位ごとのクリティカルヒット表まであるが、まぁこれは確信犯なので…。
(1990年に出た同人TRPG「SWORDS & SORCERIES」では、命中部位ごとのダメージを適用したあと、全体のヒットポイントを引くという、実にシミュレーション的な精密な戦闘を可能としていた。余談。)
それに、アメリカにも日本にも、空想での戦闘や暴力を要しないシステムがある。(日本で言えば「ウィッチクエスト」「ゆうやけこやけ」「ボールパーク!」)
こういうゲームがもっと出てくれば、RPGの暴力性を唱える人にも有効なのではないかと思う。

まぁ、日本で「TRPGは暴力的だ!」なんて言う人はほとんどいないんですけどね…。

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