2008年5月 3日 (土)

硬直化する世界

ゲームマーケット2008にて、2つお隣のクトゥルフサークルの方と色々話をすることができました。
その中で、深淵第2版の話になり、色々と興味深いことを聞くことができました。
深淵は事故率の高いシステムだ、とか、あのデザイナーの関わるゲームは当たり外れが激しすぎる、とか・・・
その中で、深淵の「渦型」のシナリオについて、あれは今のゲームになれているマスターはうまく回せなくて、事故る確率が高いんじゃないのか?という話が出ました。
彼は今人気のゲームのマスタリング方法、たとえばレゲネイドアクションRPGアニメ化されたRPGのように、「ハンドアウト」や「今回予告」「シーン制」など、マスタリングの方法が色々と規定されているシステムに慣れてしまうと、渦型のようなアドリブや柔軟な応用が求められるマスタリングはできないのではないか?と話していました。

深淵のシナリオには、プロットやストーリーをきっちりと作り込む(普通のRPGシナリオのような)「構造型」と、キャラクターが選んだ運命や縁故によってその場で話を作って行く「渦型」があります。
第1版では構造型が推奨されていましたが、第2版では渦型が推奨されている(ようなニュアンス)があります。
第2版ルールブックに載っているシナリオが2本とも渦型なのです。

TRPGのシステムは、デザイナーの設計思想により、色々な範囲の、色々な深度のルールが用意されます。
例えば、D&D3.5は、ルールの骨格はd20だけで、ロールプレイに関するルールが少なく、キャラクターのクラスの特徴を使うことで役割を果たすという方針でデザインされています。
ダンジョンマスター用ルールはダンジョンマスターズガイドにあれだけの量がありますが、マスタリングを支援するためのルールが多勢を占め、マスターを縛るルールがほとんどないため、シナリオ作成の自由度が高いのが特徴です。
一方、FEARがデザインした最近(1998年〜)のゲームの特徴は、「マスターの準備」「プレイヤーの登場の仕方」「マスタリングの進め方」「戦闘の手順」「シナリオの終わらせ方」「経験点の計算の手順」などなどをルールでこと細かく規定しています。
このため、ゲームマスターは(シナリオを作る必要はありますが)手順を追って行けばほぼ間違いなくマスタリングできるようになっていますし、プレイヤーも手順を追って行けばシーンに登場し、戦闘でコンボを発揮して強く戦うことができるようになっています。

最初はD&Dの方法に代表される、ルールの自由度の高いマスタリングが一般的となっていました。
しかし、マスターやプレイヤーの中には、ルールの自由度が高すぎたり、解釈の広さが逆に仇となり、「ルールをどう読めばいいのか分からない」「どこから手を付けたらいいのか分からない」「どうマスタリングすればいいのか分からない」という人たちも生み出してしまいました。

これを受けて、FEARの作り出したルール手法は、手順や方法がかっちりしたルールでなければ何をしたらいいのか分からない、いわゆる「マニュアル世代」に、分かりやすく、かつ(デザイナーが考案した)最大の効果(効率?)を引き出せるように、プレイングやマスタリングの方法を規定するものでした。
手順(ルール)に沿えば誰でも最大限楽しめる、ということを売りにしたのです。
現状の結果はご承知の通りで、FEARのルール手法は多くの人に受け入れられ、一大勢力となっています。

一つの物事に対する手順を細かく規定するということは、一見面倒くさいように見えます。
いや、実際に面倒くさいのです。
しかし、こと細かく規定されてデザインされたルールは、システム全体を堅牢化し、ルールから大きく外れない限りは、「セッション崩壊」などは起きないように設計されています。
ゲームマスターもシナリオを構造的に構築し、実際のゲームでもほとんどアドリブを入れずに、手順通りにマスタリングしていきます。
つまり、ルールに沿っていれば誰でも楽しめる、というのが設計の根幹です。
(これは品質管理の国際基準であるISO9001:2000の方法論に似たものがあります。
ISOでは品質を維持するため、あらゆる作業を手順化し、作業手順書を作成していつでも見られるようにする必要があります。)

書いてあるルールに手順通りに従えば楽しめるという、FEARが提案したシステム構造は、多くのプレイヤーとゲームマスターに受け入れられて現在に至ります。
しかし、ご存知の通り、TRPGのプレイングは時として「ルールにない状況」「シナリオにない状況」を、意図を問わず作り出すことがあります。
これは、どれだけルールを作り込んでも、どれだけシナリオを作り込んでも、発生してしまうものです。
そういう状況になったときに、ゲームマスターやプレイヤーは、柔軟に対応することができるでしょうか?
堅牢であるが故に、硬直したプレイスタイルに慣れてしまったプレイヤーは、予定されていなかったシーンでうまく立ち回れなかったり、あらかじめプログラムしたコンボ以外の行動をとれなくなってしまうかもしれません。
ルールで規定された方法のマスタリング以外に、状況を処理できなくなるゲームマスターが出てきてしまうかもしれません。
ゲームマスター、プレイヤーとも、規定されたルールの手順を追っていれば、ルールがゲームの進行を保証してくれますが、もしも手順から外れてしまったら?
どのような手順で元に戻せばいいのか?
それとも、手順から外れたままで終わらせるしかないのか?
FEARが提案した「手順に沿えば誰でも最大限楽しめる」システムのもう一つの側面がここにあります。ルールから外れてしまった場合に対する対応法が規定されていないのです。
(これに対して、FEARは「ゴールデンルール」でゲームマスターの権限を規定し、万が一ルールから外れてしまった場合はやり直さなくてよい、と書いています。)

話を戻して、深淵の「渦型シナリオ」です。
渦型シナリオでは、ゲームマスター、プレイヤーともに、高いアドリブの力と応用力が求められます。
ルールはありますが、厳密な手順は規定されていません。
突然夢歩きしたり、突然アクション・シーンに突入してしまうこともあります。
そうなったとき、「手順に沿えば誰でも最大限楽しめる」ゲームでしか遊んだことがないプレイヤーは、その「突然の状況」を受け入れることができるでしょうか?
深淵のプレイングはもともと事故率が高いと言われていますが、実際に事故やセッション崩壊に直面したとき、プレイヤーは受け入れてくれるでしょうか?
自由すぎて、自分で決着を付けられないプレイヤーも出てきやしないでしょうか?

堅牢化と代償に硬直化したシステムに慣れると、柔軟さを失ってしまいます。
私は、プレイヤーにも、ゲームマスターにも、柔軟さは失って欲しくないと思います。
そのためには、一つのシステムだけではなく、いろんな構造のゲームシステムを遊ぶのがいいでしょう。
何も最初から深淵を遊べとは言いません。
もっと自由度の高い、柔軟なシステムもいっぱいあります。
堅牢な遊び方で安定したゲームを遊ぶのも、安定を求めるプレイヤーにはいいことです。
ですが、柔軟さと応用力をふんだんに生かした、ヴァリエーションに富んだゲームを遊ぶのもまた楽しいものです。
プレイスタイルとマスタリングの柔軟な姿勢が、また新しいクリエイティブなパワーを生み出しているのだと、私は思います。

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2008年4月27日 (日)

ゲームマーケット終了

朝は雨でしたが途中で晴れてきました。
無事に終了しました。ご来場頂き誠にありがとうございました。

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2008年4月26日 (土)

明日はゲームマーケットです

前日になりましたが、明日はゲームマーケット2008に参戦いたします。
会場5階のサークルスペースNo.42におります。
新刊はありませんが、既刊3冊を持参します。
コミケと違って殺気立っておりませんので、のんびりと浅草観光のついでにでもお越し下さい。
ご来場をお待ち申し上げております。

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2008年4月20日 (日)

キャラクターシート

TRPGのキャラクターシートというのは、ゲームシステムとプレイヤーを間接的に結びつける存在として重要だと思うのです。
ほとんどのルールブックにはキャラクターシートが付属していますが、中には付属しないものもありまして、例えばキャッスル・ファルケンシュタインでは劇的登場人物の情報は「手記」としてレポート用紙に書くように指示されていますし、バイオレンスの場合はカバーを取ると裏表紙に「印刷されています」と説明されていたりします(白紙ですが…)
しかし、付属している場合でも、例えば文庫ルールブックに付属している場合は拡大コピーしなきゃいけないとか、2分割されていて貼り合わせてからコピーしろとか書いてあってナメとんのかコラと思うものも中にはあるんですが、出版社も親切になったのか、pdfでキャラクターシートを公開するようになって来ているのでそんなに不便でもなくなって来た感じがします(が、肝心のルールブックに公式サイトの存在すら書いてない場合があるので要注意です。●●●ー●●●●とか)。

今のゲームのようにDTPもありませんから、昔のゲームはキャラクターシートも簡素で、いろんなところに空白があったり、ユーザーが手を入れられるところがいっぱいありました。
そこで、今で言うクラシックD&Dやソードワールド1.0が全盛の時代は、ちょっとパソコンやワープロが使える人なら、自分で使いやすいようにキャラクターシートを自作して、サークルやコンベンションでみんなに配布したり、同人誌即売会で売っていたりもしていました。
そういったクリエイティブな側面があった訳です。
今のキャラクターシートは、キャラクターの情報量が以前とは比べ物にならないくらい多いこともあって、何やら詰め込み過ぎだというようなものもない訳ではないですね。
B4やA3の紙に色々詰め込まなきゃいけないのは分かるんですが、オフィシャルのキャラクターシートが使いづらいと遊ぶ気もなくなってしまいますよね。
幸いにして、自分はそんなゲームを見たことはありませんが、たまーにヒットポイントを記入する欄がないキャラクターシートがあったり(例:ウォーハンマーRPG)、デザインには凝ってるけど重要な情報が見にくかったり、あとはムックサイズのルールブックだと見開きが開けづらくてコピーするときに困るもの(例:深淵第2版)などなど、もうちょっとルールブックにおけるキャラクターシートの立場を考えてもいいんじゃないかな?と思うことがあります。

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2008年4月15日 (火)

友情押売広告

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以前、当方の同人作品の表紙を描いて頂きました小竹田貴弘(しのだたかひろ)様のコミックREX連載「怪異いかさま博覧亭」、今月コミックス第2巻が発売になりました。
江戸の両国を舞台に、妖怪見世物小屋をめぐる笑いありの人情物語です。
今回はあの小池一男先生の推薦文が!
今回もご高覧のほどをお願い申し上げます。

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2008年4月 6日 (日)

月曜日は魔法使い

Photo
HJ文庫G「月曜日は魔法使い」を購入。
5章あたりまで読んだ。

この本は、たまたまWizards of the Coastで働くことになった女性が、たまたまD&Dで遊ぶことになってしまったことの経緯を、ユーモアとウィットをふんだんに効かせながら綴っている。
ダンジョンマスターもプレイヤーも全員女性。
(ついでに、本書の翻訳者も女性)
文庫サイズの、しかもライトノベル系としては珍しい横書きで、しかも全ページ2色刷り。
内容的には、昔日本でよくあった「入門者向けの紹介」というものではなく、D&Dを知って、キャラクターを作って、実際に遊ぶようになるまでを時系列的に書き進めている。
アメリカには"Dungeons&Dragons for Dummies"という、本当にD&Dの入門書もあるので、それとは別の方向でのアプローチと見ることが出来る。
ただし、アメリカの事情によって書かれているので、日本の読者には分かりづらいことも多いので、本文の下にはかなりの量の訳注が入っている。
内容は基本的に女性向けなので、化粧品とかファッションとか「プロテクション・フロム・PMS」とか、女性にありがちな事象を多く取り上げているのが印象的。
しかし、アメリカでも、D&Dプレイヤーに対する偏見は強いんだなぁと思った。
(D&Dはnerdとかgeekが遊ぶものでしょ?というイメージが強いらしいcrying

ただ、「月曜日は魔法使い」というタイトルはちょっと違うんじゃないのか?
原題はConfessions of a Part-time Sorceress、直訳すると「パートタイム・ソーサレスの告白」ですからねぇ。
分かりやすさを取ったんだろうけど。
それから、55ページの「1982年ふうパーティ」の表、本文に書いてない「チェンジリング」「シフター」って種族はエベロンの種族だって訳注が必要じゃないのか?
あと、D&Dを広めたいんなら、ビギナーズ・セットの広告を帯の裏なんかじゃなくて、巻末1ページにドーンと載せるくらいしましょうよ?

なんか結構売れてるみたいだし、文庫なので平均以上の書店で入手できる。
(一説には、「日本で一番安いD&Dサプリメントだ」という声も・・・)
男女問わず、これからD&Dを始めてみたい、という方にはおすすめの一冊。
(もちろん、そのときにはビギナーズ・セットも薦めましょう!)

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2008年3月27日 (木)

一言だけ

使命が終わることの意味 ~TRPG人気サイクルから見るTRPG市場~

>『戦国霊異伝』は発売元がイエローサブマリン内ブランド、キラメキだっただけに流通経路が限られており十分に購買層を拡大できないまま絶版になりました。だからブランドは残っており、やがて復刊.comにて復刊され、さらに『幕末霊異伝MI・BU・RO』とさらなる展開をすることができました。

事実誤認があるようなので申し上げますと、「有限会社キラメキ」はイエローサブマリン内部のブランドではありません。
『戦国霊異伝』初版はキラメキから直接出版されております。
イエローサブマリンの内部ブランド「マジカルミステリーツアー」から発売されたのは、キラメキ制作の『アコースティックリ−フ』であります。
ちなみに『幕末霊異伝MI・BU・RO』をディベロップしたのは「番長学園!!」のTEAS事務所です。

とはいえ、興味深い記事ではあります。
いつかお返ししましょう。

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2008年3月23日 (日)

TRPGと空間

最近硬いエントリーばかりだったので、今日は柔らかめのものを。

TRPGを遊ぶための「空間」について考えたことはあるでしょうか?
この「空間」は、おおよその場合、ゲームを遊ぶ「場所」と同一に考えられます。
例えば、誰かの家の部屋。
公民館の部屋。
コンベンション会場。
テーブルとベンチのある公園などなど。
D&Dプレイヤーズハンドブック3.5版の「はじめに」にはこう書いてあります。


「さあ、ゲームをプレイしようーー場所は、みんなが居心地良く過ごせて、バトル・グリッドとミニチュアを置け、ダイスをロールでき、ルールブックやキャラクター・シートを広げられるところならどこでもいい。」

TRPGは会話するゲームなので、テーブルの周りは出来るだけ静かな方がいいでしょう。
ただ、あまりに静かなのが嫌だという人もいるので、カジュアルプレイでは耳障りにならない程度にインストゥルメンタルを流すこともあるみたいです。
テーブルの大きさ、部屋の大きさ、ゲームマスターの声色と声の大きさなどで、遊ぶ条件は色々と変わってきますよね。
例えば、男性GMの大きな声よりも、女性GMのか細い声の方が、プレイヤーは必死に聞き取ろうとします。
(これは科学的に解明されています。アメリカ海軍の戦闘機では、機体の警告アナウンスの音声を男性から女性の声に変更したところ、パイロットの反応速度が上昇したという記録があります。)

お家で遊ぶ場合はともかく、コンベンションのような大きくて、人がたくさんいるところだとどうでしょうか。
会場の広さ、音の響き具合や、ほかのテーブルとの感覚なども大きな要素になってきます。
隣のテーブルの声が大きいと結構大変なんです。
コンベンションによっては、事前にGM登録を受け付けているところでは、ゲームの種類やGMの傾向によってテーブルを配置したりもしています。
極端なものでは、某18禁RPGのGMのために、わざわざテーブルを壁で仕切っていたりもしていたりして。
コンベンションの常連GMがいて、傾向が分かっている場合は、周囲のテーブルに迷惑にならないように配置されることもあるので、これはStuffの腕の見せ所でしょうか。

もう一つ、「パーソナルスペース」という考え方があります。
これは人間一人ひとりが持っている「自分だけの空間」のことで、他人に入り込まれると不快に感じる距離とでも言いましょうか。
このパーソナルスペースの多きさは人それぞれで、男性よりは女性のほうが、前よりは後ろの方がスペースが大きいと言われています。
例えば、ロングシートの電車の席の端っこに座りたい人というのは、片側だけでも自分のパーソナルスペースを確保したいという行動の現れと言えます。
デューク東郷が「俺の後ろに立つな」と言っているのにはちゃんと理由があったんですね。
TRPGの場合、多くて最大6人くらいのプレイヤー、例えば長い机に椅子3つという座り方をする場合もありますので、この場合、特に中央のプレイヤーさんがパーソナルスペースを挟まれるということになります。
これが気の知れたキャンペーン仲間であれば問題にならないかもですが、見知らぬ人と顔を合わせるコンベンションの場合、どんな人なのか分からないので、パーソナルスペースを制御することが困難になって、結果動くに動けなかったり、萎縮してしまったり、特に両側を男性に挟まれた女性の場合は声すら出せなくなってしまうこともあります。
こういうときは、女性が右か左に移動したり、スペースに余裕がある場合は左右の席を空けてもらったり、GMの対面の席に座るなどで解決できることがあります。

誰もが気持ち良く遊べる「空間」を考えてみるのも、TRPGの環境改善のひとつと思うのですがいかがでしょうか。

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2008年3月16日 (日)

入門者への扉

当ブログには、ありがたくもコメントを付けてくださる方がいる。
当方の方針として、むやみに削除したり干渉するのは公平でないと思うので、よほどのものでない限りは自由にコメントできる仕様としている(SPAM対策チェックは入れてますが)。
さて今回は、前々回のエントリーにあったコメントについて、気になったところがあったのでお返事しようと思う。


>現在のルールブックが果たして「入門書」が必要なほど難解かどうかを考えたことはないのだろうか?
入門書がないのではなく、ルールブックを読めば十分理解できて必要が無い、ということを考えたこともないのだろうか?

私は、たとえ難解であろうとなかろうと、入門書は必要であると考える。
難解であるならば平易な、平易ならばより平易な入門書が必要なのだ。
約15年前、TRPGの「ブーム」が過熱した際、数多くのTRPG入門書が発売されていた。
これは当時のルールブックが難解だったからではない。
「TRPG」というシステム構造、遊び方、そして用語などなどを覚えるのに必要だったからである。
そして、これらは今現在でも、なお入門者への障壁として存在し続けている。
「ルールブックを読めば十分理解できて必要が無い」というのは、既にTRPGを分かっている側の驕りであり傲慢でしかない。
少なくとも、ルールブックを読むための国語力や、理解するための事前準備は整えてしかるべきである。
現在のTRPG界は、前者はともかく、後者を置き去りにしている印象が否めない。
振り返ってみてほしい。
あなたがTRPGを遊び始めたとき、何らかの形で入門書に目を通さなかっただろうか?
いきなりルールブックを読んで遊び方を覚えられたのならそれはすばらしいことだが、難解で閉鎖的なルールブックを、そうスラスラと読み通せる人は、昔はそう多くなかったし、現在でも少なくない。
自分も深淵第1版のルールブックを通して読むのに数日かかったし、重要なところはラインマーカーを引いていた覚えがある。
とにかく、ルールブックを読むため(理解するため)の事前知識が、TRPGには数多く必要なのは現在でも変わらない。
その事前準備を整えずに、いきなりルールブックやリプレイで、入門者に強飯を食わせるのが現在のTRPG界なのである。


>それから、ルールブックにちりばめられたコラムやルール説明用のリプレイが入門書のような役割を果たすと思うのだが。

そのコラムは本当に入門者用のコラムだろうか?
リプレイは本当にルールの説明を果たしているだろうか?
ルールブック収録のリプレイは、遊び方の指針にはなっているが、ルールの説明になっていなかったり、下手をすると入門者向けになっていないものすらある(例:深淵第2版)。
特に、「TRPGとは何か」という根本的な説明は、ルールブックによって記載量に大きな違いがある。
TRPGの基礎概念を丹念に紹介しているルールブックもあれば、本当に簡単にしか紹介していないものもある。
特にFEARのルールブック(●●●●●●●●ー●●●●など)は、あらかじめリプレイを読んでいる人を前提にルールブックが書かれているため、TRPGについての説明は申し訳程度にしかない。
それどころか、FEARのルールブックは人に読んでもらうための努力を放棄してしまっているため、「ソーソワールドは読めても●●●●●は読めない」というプレイヤーも確実に存在する。
脱線してしまったので元に戻すが、コラムやリプレイでチョロまかすよりは、しっかりとイロハを教えてくれる入門書が必要だということである。

はたして、そんな需要があるのか?と思われるだろう。
では、D&Dのベーシック・セットやビギナーズ・セットが売れているのはなぜか?
GAME JAPAN誌にTRPGの入門記事が連載されているのはなぜか?
Role&Rollで時折入門者向けの特集が組まれ続けているのはなぜか?
いずれも、新しいプレイヤーが増えてほしいという思いの現れである。
しかし、まだまだTRPG入門者への「壁」は高く、業界は確実に収益をもたらす市場へ向いている。
かつてのように、入門者への「扉」(ポータル)を開かなければ、この世界は閉塞に向かってしまうだろう。
その鍵は、今の私たちが握っているのだから。

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2008年3月 5日 (水)

訃報続報

CNNの訃報

CBSの訃報

CNET Japanの訃報

4Gamerの訃報

CNNとCBSはD16様より。

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